第3話:借金帳消し?

「これが貴族の豪邸か……凄いな」


 馬車に揺られること十数分あまり。目的地であるユレイナスのお屋敷に到着して、俺はその派手さに言葉を失った。


「貴族の邸宅は見栄を張るために財を尽くして煌びやかな造りにしてあるイメージがあると思いますが、我がユレイナス邸は無駄なものを廃した質実剛健の家構えです」


 ティアリスからそんな話を聞きながら応接室に案内される。そこにあった調度品はテーブルから椅子、照明器具に至るまで一つ一つが職人による手作り。派手な物こそないがどれも高級品なのは間違いない。


「ふぅ……やっぱり家が一番落ち着きますね」


 椅子に深く腰掛け、腰に挿していた剣を膝の上に置きながら一息つくティアリス。俺は尋常ならざる場違い感に背中がむずがゆい。


「シルエラさん、紅茶を用意してくれますか? ルクス君は同じもので構いませんか?」


 俺は無言で頷く。緊張している上に紅茶なんて上品な物を飲んだことはないので正直何を出されても味はわからない。


「かしこまりました。お茶菓子と合わせて準備して参りますので少々お待ちください」

「お願いします。少し込み入った話をすることになるので、ゆっくり時間をかけて準備してきてください」


 再度かしこまりましたと答えてから一礼してシルエラさんは応接室を後にした。二人きりなのは緊張するがこれでようやく話が聞ける。


「さて、それではどこから話しましょうか。色々あるから悩みますね……」

「それならまず聞かせてほしい。師匠の借金の件、本当に無かったことにしてくれるのか?」


 いくら大貴族のご令嬢とはいえ彼女に5000万ウォルもの大金をなかったことに出来る権限があるのだろうか。


「もちろんです。これは私ではなくユレイナス家現当主、つまり私の父が決めたことなので安心してください」


 そう言ってニコッと笑うティアリス。俺はほっと胸を撫でおろして安堵のため息を吐いてから次の疑問へと移る。むしろ借金よりこっちの方が重要だ。


「それじゃ次の質問。あんたと師匠の関係について聞かせてほしい。どうしてアストライア流戦技を使えるんだ?」

「あぁ、その答えなら簡単です。私もヴァンベールさんから魔術と戦技の教えを受けていたからです。まぁ弟子とは認めてくれませんでしたけどね」


 ユレイナス家ともあろう大貴族のご令嬢の先生をしていたってことか。あのロクデナシ、一体どんな手段を使ったんだ?


「ですから私はこうしてあなたと会うずっと前からルクス君のことが気になっていたんです、と言ったらどうしますか?」

「んっ!? 俺達は初対面のはずだよな?」

「フフッ。その辺りについては気が向いた時にでも教えてあげます。そんなことより話を次に進めてもいいですか?」


 気になって仕方ないがどうせ聞いても教えてくれなそうなので俺は黙ってコクリと頷いた。


「そもそも今回の借金騒動に始まりルクス君と剣を交え、こうして我が邸宅に招いたのは私もヴァンベールさんの行方が知りたかったからです」

「それはつまりティアリスさんも師匠の行方を知らないんだな……?」

「えぇ、残念ながら。魔術と戦技を教えてくれたので恩義があるのは間違いありませんが、それでも5000万ウォルという莫大な借金を無かったことには出来ません。ですが……こんな物を残して姿を消されたらそんなことも言っていられません」


 そう言ってティアリスは膝の上に置いていた鞘から剣───先ほどの決闘で彼女が自分の手足のように振るった───を抜いてテーブルの上に置いた。


「やっぱりその剣は師匠の……」


 そうじゃないかとは思っていたが、こうして間近で見て確信すると同時に、俺の口から驚愕の声が漏れた。

 穢れなき純白の刃に燦々と煌めく一筋の黄金が刻まれた、神が鍛えた一振り。羽のように軽く、それでいて鋼鉄を紙のように容易く斬り裂くことが出来るその剣を俺はよく知っている。


「ルクス君なら知っていますよね? この剣が先生にとってどんなものなのか」

「あぁ……自分の命よりも重い大切な剣で、何があっても手放さないと言っていた物だ。それをあんたが持っているってことは───」

「はい……それだけ大切にしていた剣を残して姿を消してしまったんです。だからあの人の身に何があったのか心配で……」


 そう言って唇をギュッと噛み、哀愁を帯びた顔でティアリスは深いため息を吐いた。


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