3. おやすみなさい

 勇者の力で増幅した『桜の主』の力を『桜の姫君』に飛ばす。花びらは真っ直ぐ『桜の姫君』に吸い込まれた。

「……!」

「咲いたわ!」

 蕾がみるみるうちにふっくらとほころび、淡いピンクの花弁が開く。ほろり、ほろりと幹に近い枝から、上へ、枝先へと蕾が咲いていく。

 桜の香りの風に花びらが一枚乗った。それは庭に広がる腐臭を打ち消し、セシルと戦う風に向かう。

「『桜の姫君』はナタリー嬢とは違って、ずっと彼を見ていた」

 ガスが横で呟く。

「もしかしたら、姫君は庭のどの生命いのちよりも彼を助けたくて、『腐土』を封印したのかもしれない」

 自分を見上げ続けていた紫色の小さな花を。『腐土』の一番近くにいた彼を助けたくて……だから彼が今年の春、見上げたときには咲けない状態になっていたのだろう。

「セシル!!」

 私は戦うセシルに呼び掛けた。

「お願い! 少しだけ剣を止めて! 彼に『桜の姫君』と話すチャンスをあげて!」

 ふわりと再び、桜の風が風を包み込んだ。今度はしっかりと抱きしめるように。薄いピンクの花びらと紫の花びらが二つ風の中でくるくると舞う。攻撃を止めた風にセシルが剣先を下げてくれた。

 舞う花びらの動きが次第にゆっくりになる。優雅に舞うピンクの花びらに、紫色の花びらが動きを止める。揺れていた庭の木々が池の波が治まる。

「…………」

 それを見ていた影丸が私に何かを話掛ける。

「『『桜の姫君』が貴殿に彼を浄化して欲しいと頼んでござる』ですって」

 フランの通訳に私は頷いた。

「セシル! 最後は私に任せて!」

 桜の花びらとスミレの花びらを舞わせた風は、まず桜の下に向かった。しばし満開の姫君を見上げるように佇む。

 そして、私の前にやってきた。風の中、覚悟を決めたようにスミレの花びらが揺れている。もうほとんど腐臭はしない。私は両手を風の前にかざした。浄化の力を手のひらに込める。白い光が現れる。

「『桜の姫君』は今年も咲いたわ」

 ひらり、ひらり。彼を送るように舞う桜の花びらの中の、スミレの花びらをそっと光で包む。

「姫君の花が本当に綺麗。良かったわね。……おやすみなさい」

 彼が安らかに眠れるように想いを込めて浄化する。白い光が消える。空に浮かんでいた二つの花びらも地面に落ちる。

「逝ったみたいだね」

 『桜の姫君』の花が見下ろす中、スミレが茶色く枯れ、崩れ落ちる。

「……うん」

 私は頷くと足下の花びらを拾い上げた。


 * * * * *


「これがミリーのやり方か……」

 腰の鞘に剣を納め、ユリアさんと共にセシルがやってくる。ハンカチに二枚の花びらを包む私を見て

「甘いな」

 苦笑を浮かべた。

「私は良い解決だと思いました」

 ユリアさんが隣で柔らかく笑む。

「私も今回の事件はミリーの解決方法で良かったと思うよ」

 お母様と部屋から出てきたお父様が、私とセシルの肩を叩いた。

「勇者セシルにはセシルの、勇者ミリアムにはミリアムのやり方があって良いだろう」

 セシルが桜を見上げる。腐臭の消えた庭に桜が自然の風に満開の花をそよがせている。

「確かに」

 ぼそりと彼の声が春風に乗った。

「…………」

「『桜の姫君』が『ありがとう』って、お嬢に礼を言っているって」

「ありあと」

 影丸も覚えたばかりの感謝の言葉を口にする。

「お疲れさま、ミリー」

 労い声と共にガスがふにゃりと笑んだ。

「オレも、オレの考える中で最高の解決だったと思うよ。さすがミリーだ」

 恭しく私の手を取る。

「うん」

 これが私……勇者ミリアムのやり方。

 そして、これから先、私はガスとこうして進んでいくんだ。きゅっと彼の手を握り返す。

「本当に綺麗……」

 春の光の中、薄いピンクの花が揺れる。

 白い霞のように輝く桜の花を私は彼としっかり手を繋いで眺め続けた。

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