6. 私の道
小鳥も恐れて逃げたのだろうか。朝の光が差し込み始めた森の中をズリ……ズリ……と自身が身体を引きする音だけを立てながら、巨大な金獅子草がゆっくりと進んでいた。
奴の進む先には、先日、私達が倒した怪物の死骸が網に入れられ、枝にぶら下げられている。その死骸から漂う『腐土』の臭いに誘われているのだろう。空を茶色の蔓で探りつつ、近づこうとしている。
『腐土』は闇で活性化し、金獅子草は日の光を浴びて目覚める。この二つの習性を考えて、ガスが決戦に選んだのは早朝だった。場所はハニービー衛兵隊の飛行訓練場の森の中。立ち並ぶ木々で奴の最大の武器である蔓を封じる。
木々の後ろには、ローラさんにより配置されたハニービー達と、私とガスと影丸とフランが潜み、準備をしている。ガスは図を片手に奴の動きを見、フランは影丸に付き添い、私は前のように影丸の背に手を当て、彼に力を注いでいた。
ハニービー達の方も準備が出来たらしい。向こうの木の幹の影から小さな手が現れ、合図が送られる。
「ミリー」
「こっちもOKよ」
私は影丸から手を離すとショートソードを抜き、今度はこちらに力を込める。
「じゃあ、行くよ」
ガスが図をしまった。同じように手を幹の影から出し、合図を送る。
ヒュ――――!!
静かな森に空を切るような甲高い音が鳴った。
ヒュ――――!!
ヒュ――――!!
音が立て続けになる。ハニービー達が弓に鏑矢をつがい空に射る。
その音の振動に怪物が反応する。奴は前進を止めると緑の葉の下から、茶色の蔓を何本も出し伸ばした。
ヒュ――――!!
ヒュ――――!!
ハニービー達が用意した鏑矢を更に射る。それを追う蔓が増える。空を探る蔓が十数本を数えたところでガスが私に目配せを送った。力を込めたショートソードをしっかりと握り、頷く。ガスがローラさんに合図を送り、影丸の肩を叩く。
影丸が影から針を作り出す。私……勇者には仲間の力を増幅する力がある。その力を注ぎ込んだ影丸の手に、以前、怪物の動きを止めたものより更に太く長い針が現れた。これなら、先日倒した怪物のように、奴の動きを長く止められるはず。
影丸が針を怪物にめがけて投げる。怪物の動きが止まる。木々の影から一斉に皆が飛び出し、私は怪物に向かって走り出した。
「出来るだけ多くの蔓を断ち切れ!!」
ローラさんの指示にハニービー達が一斉にナイフで蔓を切り落としていく。
「花の固定を!!」
ガスの声に花のついた太い茎を回り込むように、縄を持ったハニービーが飛び、何本もの縄が掛けられる。私は怪物の正面に立った。
「はあっ!!」
動きの止まった赤い膨らみにショートソードを刺し、込めた浄化の力を注ぎ込む。白い光が赤を打ち消していく。そのとき
「……!!」
影丸の声が響いた。ぴくりと大きな緑の葉か震える。切り落とされなかった蔓が一斉に私に向かい襲い掛かった。
「勇者殿を守れ!!」
ローラさん達、精鋭の衛兵達が私の周りを飛び、蔓を断ち切る。
「花をミリーに近づけるな!!」
茎に掛けられた縄を木の幹を盾に、ガスや残りのハニービー達が引いて止める。
『ミリーが浄化に専念出来るように戦術を組むから』
その言葉どおり、皆で私を守ってくれる。私は躊躇うことなく力を注いだ。白い光が赤をみるみる消し去っていく。
「もう少し!!」
ありったけの力をソードを通して、奴にぶち込む。
ガスの言ったとおり、私の未来はもう一分の自由も許されず決められてしまった。そして、それ歩むしか私に生きる術はない。でなければ、私はガスとも家族とも離れ『皇帝の勇者』として、最初の二人目の勇者のように皇国で飼い殺しにされてしまう。それから逃れる為の狭い道で、ようやく見つけた進みたい道がここにあるのだ。
ガスとバディを組んで、表に出ない事件で『人』や『魔物』を助けるという道が。
「はあぁぁっ!!」
ブシュ!! 膨らみが破れ、赤い汁を飛び散らす。力を散らせ、白い光を舞わせる。ローラさん達に掛からないように浄化する。
「私はガスとこの道を進むの!!」
叫びと共にショートソードを横に一閃する。
「そして影から皆を助けるの!!」
ハニービー達を喰った黄色い巨大な花の茎を断ち切る。花が大きく空に飛び、ぐるりと回転し転がる。と同時に蔓が、巨大な葉がどうと音を立てて地面に落ちた。
歓声が上がる。ショートソードを手に荒く肩を上下させる私に次々とハニービー達が礼の言葉を掛ける。
「ありがとう!」
「さすが、勇者様!」
「すごかったです!」
その言葉一つ、一つが胸にしみる。
「ミリー、お疲れ様。随分力を使ったけど大丈夫かい?」
ガスの声が背後から掛かって、私は振り向くと彼に抱きついた。
「ミリー……」
緊張が解けたせいか、怪物を倒せたのが嬉しいせいか、身体が震える。ぎゅっと抱きつく私の背をガスが抱えて、ぽんぽんと叩いてくれる。
「よく、頑張ったね」
「……うん」
今まで心に澱のように溜まっていたものが溶けて流れていく。がちがちに固まっていたものも一緒に。私は彼の肩に顔を埋めた。
やがて、森に小鳥の鳴き声が戻り、背中に当たる日差しが暖かくなってくる。震えが止まり、ようやく身を離す。
「これで、私、ガスのバディになれるかな?」
「いや、こんなすごいミリーをオレの方がバディにして良いのか……って思うけど」
ガスがふにゃりと笑う。
「オレとこれから組んでくれないかい? ミリー」
「うん!!」
ガスの差し出した手を私は力いっぱい握り返す。
「良かったわね、お嬢」
「よかた!」
フランと影丸が嬉しそうに私の両肩に乗った。
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