3. 父母との面会

「で、その『桜の姫君』が、うちの屋敷の庭のサクラかもしれない、というのか?」

「うん」

 休日明け、私は同じ事務所の二階にある公国騎士団団長のセシルの執務室を訪れた。

 私の部屋のゆうに三倍はある広い部屋は、窓を背にしてセシルのデスク、右側の壁の書棚を背に、秘書のユリアさんのデスクが置かれている。二つのデスクは報告や決済の書類が束になって乗っていて、忙しい二人の日常が伺えた。

 ……あの中に、まだ続いているという『腐臭のする風が吹いて花の蕾が腐る事件』も入っているんだろうな……。

 私にナタリー嬢が依頼を持ってくる切っ掛けとなった奇妙な事件。ガスの話だとあれから更に運送組合の組合長の家の庭が襲われ、植えられていた珍しい植物の花が根こそぎやられたという。

「しかし、魔物からの依頼を受けるとは……」

「ダメ?」

「いや、目立つことをしないなら良い」

 セシルが唸りつつも、あっさりと頷く。

「はい、ミリー様」

「ありがとう」

 面談用のテーブルセットに座った私にユリアさんがお茶を持ってきてくれる。真っ白の磁器のカップに入った琥珀色のお茶は、いつも私達が飲んでいるハーブ茶と違い青臭さがない、南の海を渡ってきた発酵茶だ。口に含み、優雅な香りに「美味しい!」と驚く。

「カゲマル……その依頼者の『和国』の『物の怪』の名前ね……の話を聞いたバントウさんが『それは公主様のお屋敷の桜でしょう』って言ったの」

 私が拾った『物の怪』は、名前を『カゲマル』と名乗った。『和国』の字で『影丸』と書くらしい。彼は『和国』の、とある山の精霊『桜の主』に仕えていた『物の怪』で、去年の春『桜の主』を亡くしたという。

『で、主さんから亡くなる前に『私が身罷まかったら、そのことを大陸の『リラの君』に嫁いだ娘に知らせてくれ』と命じられたんですって』

 フランの通訳によると、彼は主の『四十九日』という喪に服す期間を終えた後、山を降り、えっちらおっちらといくつもの山や川を越えて港に着き、そこから『和国』の貿易船に乗って、大陸にやってきたらしい。しかし、大陸に着いてから『桜の姫君』を探すものの見つからず、手持ちの食料も尽きて行き倒れてしまったのだ。

「サクラは東方貿易の中でも人気の花木で、公国の庭にもたくさんありますからね……」

 セシルの隣に座ったユリアさんが困った笑みを浮かべる。

「うん。でも、バントウさんが『リラの君に嫁いだ』というなら、五十年前のアルスバトル公国建国百周年の祝いで贈られた『ヤマザクラ』ではないかっていうの」

「……なるほど。確かに、うちのサクラはリラの木と並べて植えられていたな」

「で、セシルにお父様にお屋敷に私が行って良いか聞いて欲しくて……」

 その為にこの部屋を訪れたのだ。セシルが眉間に皺を寄せる。

「なんで私に? 自分で聞けば良いのに」

「……でも、お父様は公主様だし忙しいだろうし……」

「お前は父上の娘なんだぞ。忙しくても『会いたい』と言えば、いくらでも会う時間を空けてくれるさ」

「……でも……」

 私はもじもじと指を組み替えながらうつむいた。一年前、まだお父様とお母様を伯父様、伯母様だと思っていた頃なら直接本人に頼んだだろう。しかし、二人が実の両親と解ってからは何故か面と向かってこう……話がし辛いのだ。

 セシルの眉間の皺が更に深くなる。

「……父上と母上も気にしていらしたが、ミリー、お前、もしかして自分を騙していた二人に怒っているのか?」

「セシル様!」

 ユリアさんが声を上げ、セシルを睨む。私はぶんぶんと首を横に振った。

「怒ってなんかないよ! そりゃあ、ちょっとショックだったけど……」

 でも、私を皇帝に渡さない為にやったことなんだし、二人は『伯父様』『伯母様』の頃からずっと変わらず優しいし。

「だったら、もう少し父上と母上に会ってやってはくれないか? 二人とも寂しがっていたぞ」

 セシルの咎めるような声にまたうつむく。確かに今年の新年の『新賀祭週』の挨拶にお屋敷を訪れて以来、お父様にもお母様にも会ってない。なんかこう……胸にもやもやとしたものがあって会い辛いのだ。

「解りました。私の方で閣下に面会を申し込みます」

 ユリアさんがセシルの足を蹴っ飛ばして微笑む。

「いつがよろしいですか?」

「こちらはいつでも。あ、それとガスも一緒にお願いします」

 私一人ではお屋敷に行き辛いとぼやいたら、ガスはあっさりと『じゃあ、オレも行くよ』と言ってくれた。

「はい、日にちが決まりましたら、そちらのお部屋に知らせに行きますね」

「ありがとうございます」

 セシルが憮然とした顔で、私とユリアさんを見ている。私は彼女にぺこりと頭を下げると執務室を後にした。

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