3. 現場検証

「うわ~」

 ナタリー嬢と老執事の乗ってきた馬車に乗って、ビンセント家の屋敷に着き、庭に入った私は思わず声を上げた。

 洗濯物や薬草の干し場がずらりと並ぶ、オークウッド本草店の中庭とは違い、皇国風に生け垣や庭木がシンメトリーに整えられたビンセント家の中庭は、裕福な家柄らしく要所要所に東方貿易、南方貿易で買ったと思われる、珍しい草木が植えられている。

「これ……手入れ大変でしょう?」

 人の顔よりもずっと大きな葉を繁らせた南国の木を見上げると

「腕の良い庭師がいますから」

 ナタリー嬢が得意げに微笑む。彼女の視線の先には、親子と思われる男性と少年の庭師が生け垣を剪定鋏で整えていた。

 少年の方はナタリー嬢より少し歳上くらいか。背が高く、力仕事をしているせいか、めくり上げたシャツの袖からのぞく腕は筋肉質でしっかりしていた。

「あの彼が……」

 ナタリー嬢が朝、撫子の鉢植えを見に行く途中、花壇の方からやってきた少年なのだ。

「トーマスといいますの。とても仕事熱心で、早朝から庭木の様子を見て回ったりしてますから、きっと今朝のもそうですわ」

 ちらりとトーマスが私とナタリー嬢を見て、帽子を脱いで頭を下げる。私も軽く会釈を返す。

 うん、横顔でもそうじゃないかと思っていたけど、柔らかな茶髪に茶色の瞳の顔立ちの整った美少年だ。

「花壇はこちらです」

 親しげに彼に手を振って応えてから、ナタリー嬢が庭を案内する。迷路のように入り組んだ生け垣を抜けると、奥の庭木から手前に広がるようにあつらえた花壇の前に赤と金色の髪の二つの影が見えた。

「セシル!」

「ミリー、どうしてここに?」

 公国騎士団の紺の軍服を着た少年と少女。私の双子の兄、『勇者』セシル・アルスバトルと、彼の秘書兼、護衛騎士のユリア・ヴァラティだ。

「セシルこそ、どうしてここに?」

「セシル様はビンセント家の御当主に依頼されまして、花壇の調査に来られたのです」

 私の問いに青い瞳を柔らかく笑ませてユリアさんが答える。ユリアさんはセシルより二つ歳上。『勇者』のパーティの戦士の血を受け継ぐ彼の婚約者だ。

 花壇を見る。空気に腐臭の残るそこには、土の上に茶色に枯れた草花が真っ黒な蕾を寝かせていた。

「朝はまだ、ここまではありませんでしたのに……」

 ナタリー嬢が気味悪そうに身を震わす。その花壇手前の小道の脇に小さな植木鉢がある。私はそれを確認すると目を閉じ、勇者の知覚で気配を探った。

 ……花壇の方には少し禍々しい力の残滓を感じるが、植木鉢の方は何もない。

 やはり勘どおり、花壇の蕾が腐った理由と撫子が咲かない理由は別のようだ。

 目を開け、うむと頷いた私に

「ミリー、お前もまさか……」

 セシルが眉間に皺を寄せる。彼の心配を察して、私はぱたぱたとおどけるように手を振った。

「違うわよ。私はナタリー嬢の依頼で咲かない撫子について調べに来ただけ」

「……そうか」

 彼も撫子の方は別件だと気付いているのだろう。ほっと息をつく。

「こっちはこれで五件目だ。大きな事件になりつつあるから手は出すなよ」

 腐臭のする風による事件は、この一ヶ月の間にもう五件になるという。騎士団の方で調査を続けているが魔物が関わっているのか、全く解決の糸口が掴めないらしい。

「そうだ」

 私はナタリー嬢から貰った紫の花びらを包んだ紙を出した。

「これが今朝、風が吹いた後、ここに落ちていたらしいの」

 セシルが受け取り、紙を開くと摘む。滴型の花びらを眺め

「ユリア、以前の現場でも、これを見た覚えがあるのだが……」

 ユリアさんに確認する。

「私も覚えがあります」

「そうか。ミリー、これは預からせてくれ」

 セシルは私に断ると花びらを包み直し、ユリアさんに渡した。

「しかし……頼むから、降嫁するまでは目立たないようにしてくれよ」

「解ってる」

 後ろですまなそうに頭を下げるユリアさんに『気にしてないよ』と笑んで、私はナタリー嬢と鉢植えに向かった。ほっそりとした苗の蕾はまだ青く小さい。蕾の数や堅さを調べていると

「……本当に公女様だったのですね……」

 ナタリー嬢が改めて驚いたようにささやいた。

「あまり似ていらっしゃいませんけど……」

「セシルは父似で、私は母似ですから」

 セシルは初代『勇者』の面立ちを受け継ぐ父に似て、精悍な顔立ちをしているが、私は学園国家レクスターの貴族の娘だった母に似て……可愛いと言える範疇にはあると思うが……まあ、地味っぽい顔をしている。私達の共通点は燃えるような真っ赤な髪と瞳のみ。この赤がアルスバトル家において勇者の力を持つ者の証な為、生まれて直ぐにおじいちゃんに預けられたのだ。

 ひょいと鉢植えを持ち上げてみる。

「あっ!! 気を付けて、落とさないで下さいまし!!」

 慌てるナタリー嬢を無視して、裏を見、鉢植えの置かれた地面の跡を見る。

「……この鉢を動かしたことは?」

「私はありません。今朝もとっさに上に覆い被さっただけですし」

 その割には地面の鉢の丸い跡が、いくつもずれて付いていた。

「あ、でもトーマスが動かしたのかもしれませんわ。私、トーマスに世話を頼んでますから」

 ふ~ん、なるほど……。

 私は植木鉢を元の位置に戻した。

「解りました。では明日には事件解決して差し上げますわ」

「えっ!?」

 ちらりと生け垣の向こうに目をやる。生け垣を刈る音がチョキチョキとまだ聞こえている。緑の葉の隙間からはこちらを伺う茶色の目があった。

「では、明日、昼過ぎにまた私の部屋に来て下さい」

 私はあることを執事さんに頼むと、明日の昼に事件の結果と詳細を話すとナタリー嬢に約束し、お屋敷を後にした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……で、犯人は彼だと思うんだけど、合ってるかな?」

「うん。間違いなく、これは人の手で行われた事件で、犯人はミリーの考えているとおり彼だと思うよ」

 ガスが立ち上がり、空になった私のカップに二杯目のお茶を注ぐ。

「蕾を咲かなくする方法ってあれだよね」

「うん」

 ガスと一緒に、さっきの子達みたいにお店で勉強していたときに薬学の薬草の生態で学んだ方法だ。

 ほとんどの花は自分に当たる光の長さで季節を読み、蕾をつけ、花を咲かす。それを調整するやり方で、庭師の彼も知っているだろう。

 ガスの返事に、私はほっと息をついた。

 ガスは、いつものふにゃっとした表情と争い事を好まない穏やかな性格から『呑気なオークウッドの若旦那』と呼ばれている。だが実はかなり頭が良い。薬師という仕事柄、細かいことに良く気づき、順序立て整理して考え、きちんと対策を練ることが出来る人なのだ。

「でも、どうしてそんなことしたんだろう?」

 二杯目のお茶を啜りながら、首を傾げる私に

「ナタリー嬢はフューリー家の若君との縁談に随分ゴネたと聞くよ」

 ガスが肩をすくめる。

「まあ、全く知らない男性との家同士の縁談だから仕方ないけど、そんな彼女を救ってあげたかったんじゃないかな?」

「でも、今のナタリー嬢は若君からプロポーズされるのを心待ちにしているよ」

 今日のお庭での彼女の鉢植えを気に掛ける姿からも、それは十分に感じ取れた。

「多分、それを認めたくないんだろうね……」

 困ったように眉をひそめる。

「彼、カッコイイんだろ?」

「うん」

「で、ナタリー嬢も可愛いんだろ?」

「……うん」

 言動は世間知らずのお嬢様育ちのせいか、失礼なところが多々あったが、栗色の髪にはしばみ色の瞳の天真爛漫という言葉がぴったりの愛らしい少女だ。

「深窓のお嬢様が外での異性との付き合いを制限されたせいで、身近にいるカッコイイ異性に……っていうのはよくあることだから」

「あ……」

 この大陸では貴族や大きな商家の娘は、ほとんどが家同士が決めた相手の元に嫁ぐ。それには『乙女』であることが条件で、その条件を満たす為に幼少から異性は家族くらいしか知らずに育つ娘が多いのだ。

 教育は家庭教師、外出するにも、必ずお目付け役が付き、同性の友人とですら自由に出掛けることもままならない。そんな中、つい身近な異性を恋の対象としてしまうことは珍しいことではない。

「……じゃあ……」

「そうだろうね」

 ガスはゆるゆると首を振った。

「恋に恋する乙女の言葉を真に受けてしまったんだよ」

 大きく息をついて立ち上がり、流しにいく。

「ミリーは事件解決の為に明日朝、ビンセントのお屋敷に確認に行くつもりなんだろう?」

「うん」

 撫子が咲かない理由は彼の早朝の行動にある。それを確かめに、こっそりお庭に入れて貰うつもりだ。

「じゃあ、フラン。フランもミリーと一緒に行ってくれないか?」

「えっ! フランも!?」

 ガスはふにゃりと困ったように目を細めて、台所の隅の瓶から水を汲んで振り返った。

「この事件は今のミリーでは厳しいかもしれないだろうから……フランから、彼がこれ以上の過ちを起こさないように説得してくれないかい?」

「……そうね。解ったわ。坊ちゃま」

 ガスの頼みにフランがふるふると揺れる。

「今回、ナタリー嬢がミリーに事件の話を持ってきたのは、彼にとって幸運だったよ」

 カチャカチャと鉢を洗う音が流れる。

「折角の幸運なんだから大事になる前に止めてあげよう」

「私に任せなさい。お嬢」

 フランが私の手に水色の半透明の身体を乗せる。そして、大きく胸を張るように彼女は丸い身体を反らせた。

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