第50話 聖女と神官

聖女がラエドニアに訪れ、大聖堂で大きな式典が催されることになった。

が、聖女エルジュナとなったアンは大いに不機嫌だ。

ラエドニアに来たものの、神殿に缶詰め状態で、王族と顔を合わせることが出来ないからだ。

神殿では儀式の流れについて説明され、その振る舞いを何度も予習することになり、主役になるアンは一日中座ったり、立ち上がったり経典を開いたりを繰り返していた。


「ねぇ、この国はワタシの聖なる力が見たいのではないの? 国王陛下に謁見したいのだけど」


アンを指導していた神官に不満をぶつける。


「聖女様のお力を披露していただくのは式典後になるでしょう。…それと我々神の信徒は貴族ではありませんので城に入る権利を持っていません。勝手に国王陛下に会うことは出来ません」


アンは目を見開いた。


「でもリンツ国ではお城に行きましたわ!」

「王族から招待されれば、入城は出来ますよ。ですがラエドニアの国王陛下や王子殿下は聖女様を招待しておりません。式典の準備で国王様方もいそがしくしてらっしゃいますしね…。ああ、式典でお会いできますよ」


(式典で? 10日も先じゃない! 訪問と同時にすぐにでも若い王子様と顔を合わせる機会があるかと思っていたのに…)


聖女は神の信徒であるため神殿預かりで基本そこから勝手に出ることが出来なくなっていた。

身の回りの世話も、儀式について教えてくれるのも女性の神官のみで、自慢の美貌を使う機会にも恵まれず苛立ちと焦燥に駆られていた。


半ば癇癪を起しているアンを、指導役の遥か後ろに控える神官は静かに見据えていた。

初老の彼女は神官に扮した”王の黒き剣”だ。

聖女の要望とかけ離れた環境に長時間置くことで現れる、本性と真の目的を探るためにここにいるのだ。


(まぁ最初の数日で明らかにはなっていたが…。まだ若いし、腹芸は得意ではないようだ)


付け焼刃的な教養を剥いてしまえばその不思議な力以外、何のことはない少女だった。

明らかにこの世界の処世術に精通しており、ミヤ渡り人様の時のような文化の違いに対する戸惑いなどは一切見受けられない。

幼少期にこの世界に渡ってくることがあれば馴染むのも早いだろうが、彼女はある男爵次男の妾腹であることが分かっている。

その男は大きな資産家に婿入りする話を受けるため、恋仲であったメイドに手切れ金を渡し、間に出来た子を捨てたのだ。


(渡り人ではないものの予見は価値のある特殊な能力だ。様々な国が他国より優位に立ちたいがために欲しがるだろう…)


たが彼女は火種にもなりうる諸刃の剣だ。そのため我が国の王は滞在中利用はするが、抱きこまないことに決めていた。

王子達も基本同意だ。彼らは幼いうちにミヤ様にまつわる騒動で、何が粛清され、国にどのような影響があったかを学んでいる。


(…器量は良いのだ。身の丈に合う幸せを願うなら自滅しないだろう。身の丈を見誤って高望みをしなければ)


今は王子が見たいばかりに教育係と揉めてはいるが。隣に立とうなどとは考えず、物見遊山くらいの気持ちでいればいい。

黒き剣―鶺鴒は嘆息した。

長く生きていると老婆心ばかりが出てしまっていけない。

しかし目下の心配事は聖女ではなくクリスヴァルトだ。

過去の教訓を胸に刻んでいらっしゃるはずだが、渡り人様の子孫を王都に呼び寄せたがっている。

今まで何でもそつなくこなしていた彼の、最近の行動はちょっと普通ではない。


(新しい玩具を欲しがっている子供のようにも見える…。いや、狩猟なのか。どにらにせよ良くない傾向だ)


鶺鴒は、難易度の高い獲物を執拗に追いかけ、仕留めれば満足する貴族の遊戯を思い出していた。

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