第40話 遂行

赤色を越えた赤を前方に強く感じる。

私たちの複眼ならハッキリ捉えられるが、マスターを含め人間には見えない色―赤外色だ。

なるほど、人間には見つけられないわけだ。

目に映っていないのだから。


大きなモノたちが岩をくりぬいた通路に溢れかえっている。

何かが腐り落ちた匂い、うろつくモノたちの獣脂の匂い、染み出る水の匂い…。

目標物は何ともかぐわしい香りがする。

自分がとても強くなったと思わせる、気持ちが昂る香り。

マスターに造られた生命でなかればその香りに溺れてしまったかもしれない。

私は香りに注意しながら集まるよう妹たちに指示を飛ばした。


人間の匂いのする方へと歩みを進める大きなモノたちのその頭上を、脇を私たちはすり抜けていく。

大きなモノたちの動きは鈍重だ。避けるのは難しくない。

叩き落そうとするモノには毒針を突き立てればいい。そうすれば突如走る激痛に捕まえようとするモノは減る。


香りが強まり、毒々しいまでの濃密さになった頃、ようやく目標のものを見つけた。

人間の目に映らないからこそ堂々と、正面の岩壁にあるぽっかりと空いた小高い台座に置かれている。

末の妹が言った。


「近付いてみるのでお姉さまたちはここで待っていて」


近づいてみるが障壁などは無さそうだ。

妹が丸いスタンピートコアに触れると中から勢いよく触手が飛び出し、退避しようとした妹の肢を絡め取った。

4番目の妹が触手を食いちぎらんと飛びつくと、新たな触手が繰り出されて腹に巻きつきコアに引き寄せられてしまう。

触手からはじわりと消化液が出され、ちりちりと体が溶かされていく。


「お姉さま、アタシたちはこのままで問題ないわ」


彼女たちは意思疎通は図れるが痛覚はない。

ならば、と体が動くうちに強靭な顎と針を使い外殻を砕いていく。

他の3匹もそれに倣うようにコアを取り巻き、顎を使って穿ち始める。

肢を1本失った5女は長女と次女の上に、彼女たちを触手の被害から守るように乗る。


腹に触手を撒かれた4女の腹部がボロリと落ちて光の粒になる。

上体はしばし耐え、顎を数回動かし、それからサラサラと光の砂になって消えていく。

5女も懸命に針を突き立てていたが体が崩れ落ちていく。

彼女たちは意思疎通は図れるが悲しみはない。

5匹で1つの意志を共有できるから。

私たちの役割と意志は一つ。


造ってもらった体が、生命が無くなるまでに

このスタンピートコアを

壊すこと。



誰かの顎が


内殻をぶつりと


突き破った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る