第34話 透ける思惑

クリスヴァルトは唐突に本題を切り出した。


「長男は遊学に行ったそうだな」


(まぁ忙しい身であるだろうし、あまり冗長な話もしても仕方ないだろうしな…)


「ええ、父もそろそろ本格的に兄に家督を譲るつもりなのでしょうね」

「ランシア伯爵はまだ若いと思うが」

「先ほどのカーナボン卿のように我家を面白く思わないものは多いですから…。兄なら王妹の子でもありますから針の筵の針も幾分小さいでしょうし」


ランシア家を叙爵したはいいが、王族はランシア家を保護することも他貴族を掌握することもないのでやりたい放題の嫌がらせを受けた。

なのでランシア家もやりたい放題した。自国では物資もあまり融通してもらえない立場なので、平民上がりで宮廷に出仕することがないのをいいことに、他国との貿易を強化し不動の富と太くて強固なパイプラインを築いたのだ。

そこでようやく王家は戦々恐々とした。身分より能力重視の国に寝返るのを防ごうと平民出身では最高位の伯爵位を授け、マクレガーの代に「ご友人」として城に上げ、王妹ジュリエッタと婚姻させ、辛うじてラエドニア国との縁を繋ぎとめている。繋ぎ留められていると思っている。


「私の婚約者がマガタ国にいるのだが…蔓延していた病が落ち着き始めているそうだな。婚約者の見舞いと状況の確認を兼ねて明日行くことにした」

「さようでございますか。マガタ国王もお喜びになるでしょう。…道中お気をつけて」


ローヴァンは女性がうっとりするような最上の笑みを浮かべる。

クリスヴァルトはそれに流される相手ではないが、ローヴァンは嫌味を込めてやっているので全く構わない。


「先日画廊にいた女性従業員たちは長男が連れているのか?」

「はい、美術品や茶葉などラエドニアで人気が出そうなものをいくつか仕入れる予定ですから」

「そうか」


ふとクリスヴァルトは月を見上げた。


「よい夜を」


それだけ言うとクリスヴァルトは去っていく。

早めに開放されたことにローヴァンは安堵した。


(ミカエラも探し出して会うつもりかもしれないが…王族も他国で無体は出来ないだろう。もうミカエラは逃げることはしない)


そして瞳に強い光を宿すようになった小さな少女の無事を祈った。




結果的にクリスヴァルトは間に合わなかった。

王城でラエドニア代表として見舞い、国家事業となった治水工事を見学し、各領地の被害状況を見て回っているのだからマナシ男爵領に辿り着くまでかなりの日数を要してしまう。

ただマナシ男爵からフレデリックの連れの話を聞くことは出来た。


「黒髪の小柄な少女ですよね? ラエドニア国にかつて現れた渡り人様の忘れ形見だとか。おかげで流行病も下火になりました」


真っ先にフレデリック達が訪れ、対策を取ったマナシ男爵領は他の領地よりも罹患者が減り、領地の機能も回復しつつあった。


「ランシア家とは懇意にされているのですか?」

「はい、昔から各領土の特産品などの交易をしております。この度はこの病のせいで大したもてなしは出来ませんでしたが…」


(交友のある者を訪ねるなら国に実証経験のない処方を通すよりも素早く動けるだろうしな…。それよりも懸念すべきは画廊では正体を明かさないよう動いていたのに、わざわざ他国で明かしていることだ)


「彼らはその後国に帰ると行っていましたか?」

「いえ…美術品の買い付けに行くと仰って船の手配をしていましたね」


マナシ男爵は行先までは知らないようだ。例え知っていたとしても今回の目的はマガタ国の訪問であって勝手に他国へ行くことは出来ない。

クリスヴァルトは男爵たちに労いの言葉を掛け、使用人や護衛と共に自国へ向けて旅立った。


その後鶺鴒セキレイたちの調べでサンドレア国に向かったことをクリスヴァルトは知った。

さすがにスタンピートが起こっている国に訪問することは父からの許可が下りないので、しばし報告を受けるのみに徹することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る