第32話 シーサーペントVSモササウルス

モササウルス…白亜紀後期に存在した海中の頂点捕食者で、体長は13~20メートル。爬虫類により近い生物。ちなみに海にいた首長竜魚竜等も恐竜ではなく、水生爬虫類になる。


「渡り人様の世界にはこんなものがいるのか…」


シーサーペントの大きさは巨大化していてもモササウルスの半分程度だ。

※シーサーペントの体調は6~12メートルと言われている。

自然界では体の大きさが強者になることが多い。

敵を見て分が悪いと思って逃げ出すシーサーペントを、モササウルスは俊敏に追い駆け、その鋭い牙が並ぶワニのように長い口を広げて骨ごと嚙み砕いていく。

海面が赤く染まり、シーサーペントが断末魔を上げるまで、それほど時間はかからなかった。

船上にいた人たちは訳が分からず、次はあの怪物に人間が襲われるのではないかと恐慌をきたしていたが、気づけば海上は凪いでいて、シーサーペントを食らっていた怪物も姿を消していた。


「…助かりましたね…」


ヤルマールがポツリと呟く。


「ミカエラすごいじゃないか! 驚いたよ…あの大型のシーサーペントが尻尾撒いて逃げようとするなんて!」

「…私も驚きました…。あの折形があんな巨大な生き物だったなんて…」


ミカエラは母から海の魔獣と戦う時の最終兵器として教えてもらったものだ。

しかし実物を知らないのでピンとは来なかった。

しかも母に教えてもらって作ったものの見たことも聞いたことも無い…そういった折形はまだいくつかある。


「失礼ですが…今のはそちらのお嬢さんの魔法ですか…?」


上品な身なりの紳士が声をかけてくる。

周囲では心配そうに様子を見守る乗客の姿が見える。


「ええ、彼女は魔法の使い手なのです。私がサンドレア国に赴くにあたり、彼女を雇ったのです」

「ああ…サンドレアは最近物騒だからねぇ…。なるほど、小さな護衛だったのか」


すらっと出た作り話だが、”雇用関係にあり、現在雇用主が近くにいる”と示しておけばミカエラにちょっかいは出してこないだろう というフレデリックの思惑が絡んでいる。

フレデリックはミカエラの肩を抱く。


「おかげで助かりました。ありがとうございます。…私はリンツ国に居を構えるエリシル・ノルドールと言います。リンツ国にいらっしゃる際には是非遊びに来てください」


紳士はフレデリックの牽制を気にすることもなく頭を下げ立ち去ると、続けざまに複数の人たちから感謝された。

船が揺れた際に転倒してケガをした乗客は数人いたが大きなケガはなく、船体も傷みがないため、その後は問題なく航行した。


「お嬢様、前線に立てますから後方支援でなくても良いのでは?」

「でも魔獣に接敵されたら私の剣の腕では敵わないわ」

「お傍はこのアネッサがお守りしますよ!」


ミカエラにスタンピートに対抗できる戦力があるとこが判明し、討伐隊に参戦して欲しいアネッサとヤルマールが現在説得に当たっている。

ミカエラは返事をしながら先ほど消費した折形をストックするために折っていた。

これは折り上げるのに30分ほど掛かるので乗船時間を利用するのが丁度良い。サンドレア国の状況が分からないから他も色々多めに作っておきたい。


「これが先ほどシーサーペントを撃退した生物?」


フレデリックがミカエラの船室に入ってきた。

フレデリックは船長から「魔法使いに哨戒をしてほしい」と依頼されたことに対し「探知機の魔道具が反応しないと動けないんですよね?」と丁重にお断りして戻ってきたところだ。


「はい」

「けっこう細かく折り込むのだね…。この労力を考えると安易には使いにくいな」

「ですが若様…お嬢様の魔法があればサンドレアの被害を最小限に抑えられるかもしれませんよ?」

「我々はシグヘイム子爵の元に行く。子爵が私兵を動かすか、救援物資を送るか…それ次第だ。外国人がしゃしゃり出ても良くは思われないだろうしな」

「・・・・・・」


使用人風の2人がシュンとする。

一応他者のテリトリーだから勝手に動けないのは理解しているだが…。


「子爵様はどんな方です?」


ミカエラがフレデリックに訊ねる。

フレデリックがサンドレア国のこと、シグヘイム子爵のことを語っていると、部屋に長く赤い光が差し込む。

太陽が海の果てへと沈んでいくところだ。

アネッサが部屋のカンテラに灯りを入れる。


「今日はお疲れ。ゆっくり休んで」


フレデリックはミカエラの額にキスをすると、ヤルマールを連れて退室していく。

フレデリックたちを見送ってから、アネッサは照れて薄っすら顔を赤らめるミカエラに質問する。


「…お嬢様、若様のことはどう思っておいでです?」

「日義兄様のこと?」


ミカエラは当てはまる言葉を探すように少し考える。


「日義兄様はお日様…う~ん…陽だまりみたい。…おやすみのキスとかもらうと心にこう…ランタンの灯が燈るような感じがするの」


アネッサは内心したり顔を、外面的にはにっこりと笑みを浮かべた。


「私もヤルマールも…旦那様も奥様だってそのランタンの灯りが大きくなって、ずうっと伯爵領にいて下さることを望んでますよ。ゆっくりでいいから、その灯りを育てて下さいね」

「育てる…? どうやるの?」


全くの脈ナシではないことが分かり、アネッサはマクレガー伯爵に良い報告が出来そうだとほくそ笑んだ。

この遊学中にフレデリックには発破を掛け、恋情に疎いミカエラには助力を惜しまず後押ししようとアネッサは心に決めた。

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