第26話 春

山々の雪が解け草木が芽吹き、王都にも花々が咲き乱れる季節がやってきた。

温かく過ごしやすい春になると社交シーズンの始まりだ。

タウンハウスを持つ貴族が領地を離れ、続々と王都へ集まってくる。


(例に漏れずランシア伯爵一家もやってくる。となればあの少女も来るだろう。もしかすると社交デビューするかもしれない。どのような知識を持つのか、接触して確認しておきたいものだが…)


隣国マガタ王国で流行病が出たもあってクリスヴァルトの婚礼は延期になっていた。花嫁と共に流行病が入り込むと真っ先に王族が犠牲になる可能性が高いためだ。

国王のニコラスはその報告を受けた時に胡乱うろんな目でクリスヴァルトを見ていたが、クリスヴァルトが何かを細工したわけではない。タイミングは良すぎたが。さすがにそんな危ない橋は渡らない。


(婚約者を喪いたいわけではないしな…)


婚約者のことは国を支えることが出来る最良の人材だと高く評価しているつもりだ。

クリスヴァルトはしばらく貴族外の方を見ていたが、やがて流行病の対策を練るべく執務に戻った。


❖❖❖


二週間後、久々の各人の顔合わせとデビュッタント、情報交換を兼ねた夜会が催された。

高位の者から順に、王族へ挨拶するため玉座の前へとやってくる。


「ラエドニアの太陽と星にご挨拶申し上げます」


筆頭はクリスラインの婚約者がいるワスティア公爵家の面々だ。

凛とした佇まいの現公爵ギュンターに、妻のリゾレット、その嫡男アントニア、そして長女のアントワーヌを連れている。

アントワーヌは頬をバラ色に染め、クリスヴァルトを見つめている。

クリスヴァルトの婚約者が決まるまではクリスヴァルトに懸想し、周囲には女王のように振る舞っていた令嬢だ。

弟の婚約者になってもまだ王妃の座というものに執着があるようだ。


「よい夜を」


ニコラスが挨拶を切り上げると4人は再度礼をし、ホールの中央へと進んでいく。そして次の貴族が挨拶に…と長い挨拶が繰り返され、伯爵位のランシア家の番になった。


「令息が1人足りぬようだが?」


正確には令息1人と、王妹が孤児院から迎えたという養女の計2人が。だが第二王子のクリスラインはクリスヴァルトから画廊の一件を聞かされていないため、教育が間に合っていないだろう養女は連れてこなかったのだろうとカウントしなかった。


「フレデリックは後継に必要な視野を広げるために遊学に行かせました。戻ってきた際にはこれまで以上にこの国に貢献できることでしょう」


ニコラスとクリスヴァルトは瞬時に理解した。視察したことが起因であること。フレデリックを使って渡り人様の娘を王家から遠ざけたことを。

ニコラスはさりげなく接触を試みさせたことを悔い、クリスヴァルトは心が冷えていくような気持ちを感じた。


(こうも早く行動に出るとは失敗したな…。もう少し踏み込んでおくべきだった)


クリスヴァルトは静かに訊いた。


「…嫡男はいつ頃お戻りに?」

「一年ほどを予定しておりますが、何分マガタ国に向かいましたので…」

「嫡男をマガタに⁉ なんてことを…」


クリスラインが声を荒げる。何せ今流行病の温床となっている国だ。


「港を行き交う外国人にたまたま聞いた民間療法を試してみたいと申しておりました。成功すれば恩が売れますし、失敗しても国の指示で動いたわけではありませんから王家に傷は付きませんよ」

「マガタ国にも治療師がいるのに、民間療法など役に立たぬのでは?」

「ですから伯爵家単独で動いているのですよ。我々には昨年麦を分けてもらった恩があるので」


ランシア家の麦害の際、自国から買い付けたものもあるが、領地に近いマガタ国の男爵家が格安で譲ってくれたりもしたのだ。


「優秀な治療師の派遣などは陛下にお任せします。我々は恩返しにささやかな支援を行っているだけです」


クリスラインの問いにマクレガー伯爵はにこやかに返答する。その隣でジュリエッタが口角だけ上げ冷めた眼差しで兄のニコラスを見つめている。

視察の件を怒っているのだろう。


「―分かった。不足している物資などの連絡が嫡男の方からあれば教えてほしい」

「ご配慮ありがとうございます」


一同頭を下げ去っていく。


「父上、早めに治療師を派遣しましょう!」

「うむ…いや、どうかな…」


決起はやるクリスラインに対し鈍い反応の玉座のニコラス。

ニコラスとクリスヴァルトは”民間療法”が港の外国人ではなく渡り人様の娘の知識であろうと推測していた。


「父上、私も婚約者を見舞おうと思います」

「ならぬ! お前は王太子なのだぞ」

「ランシア家の民間療法の効果が明らかになった後です。今すぐには行きません」

「・・・・・・そうか。任せる」


クリスヴァルトの返答に、彼が何を知っているのか察したらしいニコラスは小さく頷いた。

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