6. 本庁の傲慢
綾瀬署の会議室には捜査員たちが集合した。
三鷹班が綾瀬中央署から捜査会議に参加し、警視庁捜査第一課から課長をはじめ十名余りが綾瀬中央署にやってきた。
資産家の殺人、それも強盗の可能性が高く、遺体が床下に隠されるという事件が起こり、マスコミはすでに事件を嗅ぎつけて現場付近で情報を集めている。報道されるのも時間の問題だろう。
こういった会議では本庁が主導権を握って、本庁の刑事と所轄の刑事がペアを組んで捜査にあたることになる。そして、所轄の刑事は駒程度にしか見なされないため、綾瀬中央署側の刑事は合同捜査を嫌う。
峯山たち本庁の刑事は前列に座り、所轄の刑事はその後ろに並んで席についた。
新人の咲良は最後尾の席で、その隣に面倒臭そうに海渡が座っている。
彼も捜査会議は嫌いらしく参加を嫌がったが、紅音と峯山に説得されて仕方なく最後尾に座った。
捜査会議は警視庁捜査第一課長の言葉で始まり、現段階で集められている情報を刑事たちが次々に報告していく。
とはいっても、集まっている情報は被害者の名前や年齢、強盗に入られた可能性が高いことと、裏口の鍵が開いていたこと、遺体が埋められていて、室内が荒らされたことくらいだ。
捜査会議は短時間で終わり、思っていた通り本庁の刑事と所轄の刑事がペアを組むことになった。
峯山はまっすぐ海渡のところにやってきて、彼とペアを組むことにしたようだ。
「海渡、頼むわ」
「やだ」
「そう言うなよ。俺たちの仲だろう」
「仲よくなった覚えはない」
峯山は半ば強引に海渡を引っ張って捜査に出た。綾瀬中央署の他の刑事たちも本庁の人間に声をかけられて嫌そうな顔をしながら次々に会議室を去っていく。
配属されて間もない咲良は本庁の誰からも認識されておらず、こちらから声をかけることもできず、どうすればいいかと困っていた。
「咲良」
突然声をかけてきた本庁の刑事がいたが、彼は久しぶりに見る馴染みのある顔だった。
「
「今は本庁の捜一にいるからさ。ペアいないなら、俺とどう?」
「いいの?」
「実は俺も誰と組むか困っててさ。組んでくれるなら助かるよ」
咲良より一歳上の彼とは、幼い頃から近所に住んでいることで仲がよかった。学生時代は先輩後輩の関係であったが、彼らの間に歳の差などなく、同級生のように接した仲だ。
彼は勉強ができるが運動は苦手。そして、日常生活では抜けているところがあり、咲良の方が姉のような存在だった。
父が警視副総監でなければ、実力で上層部にのし上がることはできない印象だ。その実力は所轄の刑事たちも気付いているのだが、親が偉いから邪険に扱うことができない。だから、避けられる。
話していて周囲を見ると、すでに他の刑事は出払っていた。
「いつまで話してるんだ。早く足を動かせ」
「すみません、すぐに出ます」
捜査第一課長に指摘されて、雪平は咲良を連れて綾瀬署を出た。
「それにしても、咲良が三鷹班に入るなんて思わなかった」
「どうして?」
「班長がスーパーウーマンで、引き連れているのは影の捜査官。二永海渡を操れる人間なんてあの人と峯山さんくらいじゃないかな。ま、彼がいるからスーパーウーマンでいられるって考え方もあるか」
「海渡くんは何者なの?」
「通り魔事件の被害者。彼は助かったけどね」
「通り魔?」
「俺たちが中学生の頃、毎日ニュースでやってた事件あっただろ? 立川の小学校近くで下校中の子供が刺されたって」
思い出した。
私が中学二年生のときだった。都内の小学校で下校中の生徒が通り魔に襲われて数名の死傷者が出た。その事件の渦中にいたのが彼だったなんて。
「そうだったんだ」
「それより、聞き込みに行こう。俺たちが担当するエリアは指示されてるから」
「わかった」
咲良と雪平は現場付近の聞き込みにあたった。
しかし、有力な情報は何もなく時間だけがすぎた。雪平はひたすら聞き込みを続けるが、人と話すことに慣れていないかのようにしどろもどろで話をしていて、これでは情報は得られないだろうと新米の咲良ですらそう思った。
「このまま何も情報がなければ、課長に合わせる顔がないな」
情報を掴むまで帰ってくるな。
本庁の刑事ともなれば、それだけの重責を負うことになる。彼は諦めずに通り過ぎる自転車の男性に声をかけた。
「あー、あの大きな家、強盗が入ったんだって?」
すでにマスコミは強盗の可能性が高いとして報道を開始した。この付近に住む人なら興味を持つことだろう。
「昨日の夜、コンビニに行ったときさ、あの家から人が出てきたんだよ」
「本当ですか? 詳しく教えてください。どんな人物でした?」
「体格はかなりよかったから男だと思う。大きな鞄を持って走っていったよ。あっちの方かな」
男性が指差した方向とに目を向けても閑静な住宅街が広がるだけだった。
「それは何時頃ですか?」
「えーっと、確か十時頃かなあ。暗くてあまり見えなかったけど、あの家から出てきたことは間違いないよ」
「わかりました。ありがとうございます」
情報提供をした男性はいいことをした余韻に浸りながら、口笛を吹いて自転車を漕ぎ出した。
雪平は嬉しそうに「これは有力な情報だよな」と咲良に問う。
まるで子供のように喜んでいるが、この情報が捜査をどれだけ動かすだろうか。
「咲良ちゃん」
「あれ、紅音さんと柴田さん。おふたりでペアなんですか?」
「ええ、私たちはいつもふたりで動くの」
本庁と所轄でペアのはずだが、いつも通り紅音と裕武は一緒に行動しているようだ。それが許されているからには理由があるのだろう。
「何か情報ありました?」
雪平が紅音に問いかけた。
「高蔵浩輔の友人から話を聞いてきた。彼、どうやら記憶障害があったそうなの。通院してた病院に確認したけど、新しい出来事が覚えづらくなっていたそうよ。昔のことは忘れないから長い付き合いの友人なんかはわかるらしいけど」
「そっちは何かわかったのか?」
裕武の質問に咲良が先ほど得たばかりの情報を伝えようとすると、雪平は「特に何も」と言って咲良の言葉を遮った。
「そう。私たちは署に戻るわ。また後でね」
「はい」
ふたりが見えなくなるのを待って、咲良はなぜ情報を共有しなかったのかを訊ねた。
「所轄の刑事に情報を共有する必要はない」
「どういう意味?」
雪平の物言いには、悪意が込められているように感じた。彼は幼い頃からの知り合いで、警視副総監の父のことも知ってるが、とても気さくで接しやすい人だ。息子である雪平もそうだった。
そんな彼から発せられたとは思いがたい台詞に咲良は敵意を見せる。
「本庁が主導する捜査で所轄は情報を集めるために動き回る。そして、本庁がそれを精査して捜査する。それが合同捜査の方針なんだ。悪いけど、俺が得た情報を三鷹さんに共有することはできない」
「わかった。肝に命じておく」
とても許容しがたいことだが、彼は本庁の刑事。考え方は咲良と違って当たり前だ。
仕事をする上で私たちは幼馴染じゃない。彼は本庁のエリートで、私は一介の所轄刑事、それも新人だ。
彼の言うことに従わなければならない。
雰囲気が険悪になったふたりは、報告のために綾瀬中央署に戻ることにした。その道中、咲良と雪平は一言も言葉を交わさなかった。
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