第38話 取引

「何言ってんだ、ジジイ! 母ちゃんを助けたのはエレノアの力だぞ!」

「マルシャ……!!」


 マルシャが食ってかかると、母親がそれを制した。


「エレノア様!」


 後を追いかけて来たエマとサミュが客間に入ると、続けて父親も入って来た。


「これはどういうこった? 何で神官長様がこんな所にいるんですかね?」


 エレノアを庇うように前に歩み出たサミュは、神官長にすぐさま気付き、ギロリと睨む。


「第一隊の隊長、でしたか……? 下賤な身で何とも有り余る役職」


 騎士団と教会は切っても切れない関係。流石に二人は顔見知りのようだった。


 汚い物でも見るかのような顔で、サミュとエレノアに視線をやると、神官長は手で合図する。


 続き部屋からはゾロゾロと騎士の格好をした男たちが客間に入って来た。


「第二……隊か? 何で」


 サミュは入って来た騎士たちの顔を見ると、エレノアを後ろのエマの方にぐい、と後ろ手でやり、剣に手をかける。


「サミュ……!」

「エレノア様、こちらへ!」


(いくらサミュが隊長だからって、多勢に無勢だわ!)


 エマに抱き抱えられ、エレノアは前を見据える。


「第一隊の隊長ともあろう人が罪人を庇うのですか?」

「罪人だと?」

「そこの女、エレノアは、あろうことか大聖女様の聖水を盗み、勝手に使用したのです」


 剣に手をやり、間合いを取るサミュに、神官長は臆することは無く、真実を捻じ曲げて話す。


「違う! 教会から買った偽物をエレノアが本物にしてくれたんだ!」

「マルシャ……!!」


 神官長の言葉になおも抗議をするマルシャに、母親は悲痛な声でマルシャの口を押さえて抱き抱える。


 しかし神官長はマルシャの言葉など気にもかけず、ニヤリと笑い父親の方を見た。


「罪人を捕らえる協力、ご苦労でしたね、サンダース商会長」

「は、はい……! 私たちは知らなかったのです! まさか盗まれた物だとは……!」

「まあ、良いでしょう。サンダース商会は今後教会に多額の寄付をしてくださると言うのですからね」


 父親は汗を拭きながら神官長に媚びへつらっている。


「父ちゃん、何で……! エレノアのことは秘密だって……」

「お前は黙ってなさい!」


 マルシャの叫びに、父親は厳しく制した。そして母親に目で合図をすると、母親も頷き、マルシャを抱えたまま部屋を退出して行った。


「エレノア」と叫ぶマルシャの声が遠ざかるのを確認すると、後ろを取っていた父親がエレノアの腕を掴む。


「何をするんですか!」


 エマが叫ぶと、サミュも後ろに気を取られて振り返る。


 その一瞬が命取りだった。サミュは大勢の第二隊の騎士によって取り押さえられた。


「おい! こんなことして団長が黙ってないぞ!」

「カーメレン団長ですか……。公爵家は確かに厄介ですが、あの方の命は今やエミリア様の手中。それに、バーンズ侯爵家は財務相の任だ。軍備費をいかようにも出来るのですよ?」

「な……魔物討伐をしなくて困るのはこの国だぞ!」

「お前たちのような下賤な人間はいくらでもいる。それなりに投下すれば数年に一度の討伐など容易いでしょう」


 サミュと神官長のやり取りに、エレノアは、この国の根本にある差別に辟易とした。


「私は二度と教会で力を使いません」


 心がドロドロの感情に支配されながらも、エレノアはきっぱりと口にした。


(私が聖水を作ったことが神官長の耳に入ってしまった。私を罪人として捕らえて、また閉じ込めて作らせる気なんだ)


「果実飴、ですか」

「!」


 二度と教会には戻らない。その強い意思を伝えたエレノアを砕く言葉が神官長から発せられた。


「すぐにでも第二隊を向かわせられますよ?」


 神官長の言葉に、エレノアは観念した。


 カーメレン公爵家に呼び出された時。


 女将さんを人質に取られるくらいなら、教会に戻る、と决意をした。でも。


(怖い。行きたくない……)


 公爵家の人たち、第一隊の騎士たち。温かい心に触れ、幸せな日々を過ごして来たエレノアは、もうそれを手放したくないと思っていた。


(教会に戻ったら最後……。地下に閉じ込められて一生搾取される)


 エレノアは震える足を一歩ずつ前にやる。


「わかり、ました……。だから、私以外の人には一切手を出さないでください」

「エレノア様!!」


 女将一人ならもしかしたらカーメレン公爵家の私兵が何とかしてくれるかもしれない。でも、聖水に関わってしまったマルシャとサンダース夫妻、捕らえられ、危害を加えられるかもしれないサミュとエマ。そしてイザークの命はエミリアの手中だ。


エレノアには抱えきれない大切な人たちがいた。


「良いでしょう」


 エレノアの意図を汲み取り、神官長がサミュの捕縛を解くよう手で合図すると、サミュは第二隊から開放される。


「エレノア様!」

「来ないで!! お願い、サミュ、皆を守って」


 駆け寄ろうとしたサミュをエレノアが叫んで制した。サミュは狼狽えた表情でエレノアを見ると、拳を握りしめ俯いた。


「私は一緒に行きます!!」

「エマ?!」


 エマがエレノアの横に立ち、神官長の前に出る。


 エマの美しい顔立ちに、神官長は下衆な笑いを向けた。


「良いでしょう。カーメレン公爵家のメイド、ですか。私のメイドになると言うのなら連れて行きましょう」

「だめだよ!!」


 気持ちの悪い神官長の言葉に、エレノアは全力でエマを止めようとした。


「……わかりました。毎日エレノア様に面会させていだけるなら、あなたのメイドとなりましょう」


 しかしエマは譲らなかった。


 エレノアとエマは第二隊に拘束され、教会へと連れられることになった。

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