第34話 報せ

 イザークが魔物討伐へ出て、一週間が経った。


 魔物討伐は順調に進んでいるらしい、とジョージから聞いた。


 エレノアは結局、屋敷に閉じ込められることもなく、果実飴の仕込みとカーメレン公爵家を往復する日々だった。休みの日に差し入れする相手もいなく、暇を持て余していた。


 自室でゴロゴロしていても、イザークの心配で焦燥感に駆られる。エマに連れ出されて街に出ても、考えるのはイザークのことばかり。頭はイザークでいっぱいだった。


「義姉上!!」


 その日のお昼過ぎ、エマとお茶をしていると、オーガストが離れまで慌てた様子で訪ねて来た。


「何か、あったんですか……?」


 オーガストのただならない空気に、エレノアは不安で胸が押し潰されそうになる。


「兄上が魔物にやられて負傷しました」

「……!!」


 嫌な予感が当たり、エレノアは口元を両手で押さえる。


「今、騎士団の病棟に運ばれているそうです。一緒に行きますか……?」

「もちろんです!!」


 オーガストの問にエレノアは即決した。


(ザーク様……! 無事、なんだよね……?)


 どくどくと心臓が煩い。


 どうか無事で、と願うエレノアは、オーガストとエマと護衛と共に馬車に乗り込み、騎士団へと急いだ。



「面会出来ないとはどういうことです?!」


 騎士団の病棟のある塔の入口に到着するなり、オーガストが入口の騎士と揉めた。


「ですから、カーメレン団長は今、治療中ですので、ご家族でもお入れするわけにはいきません」

「報せから時間が経っているが、そんなに悪いのか?」


 騎士の言葉に、オーガストが問う。


 教会から聖女が派遣され、団長であるイザークは直ぐにでも治療が施されているはずだった。なのに、未だ治療中という騎士の言葉に、オーガストが怪訝な顔をするのは当然だ。


「心配いりませんよ、次期カーメレン公爵様」


 問い詰められていた騎士があたふたしていると、騎士の後ろからグランが出てきた。どうやらこの塔周辺の護衛をしているのは彼の第二隊のようだ。


「心配無いとはどういうことですか?」

「団長には大聖女のエミリア様が治療にあたっておられるからです」

「……大聖女がついているなら、とうに治療が終わっているのでは?」


 口の端を上げて笑いながら出てきたグランに、オーガストがギラリと問う。


「……大聖女様に失礼ですよ。それだけ難しい治療だということです。何せ、今回は毒を持つ魔物でしたので」

「毒……?」

「はい。それを取り除くのに時間を要するのです。でも安心してください。団長はエミリア様の愛でお救いいただけますので」


(あのエミリア様が……)


 イザークの治療をしているのがエミリアだと聞き、エレノアの心臓が早鐘のように煩い。


「騎士団が毒にやられたにしては、貴方の第二隊は無事のようですが?」


 オーガストの言葉に、確かに、とエレノアは辺りを見渡す。彼の隊らしき第二隊がこの塔を囲んでいる。護衛にしては過度すぎるくらいに。まるで誰も病棟に入れまいとするかのように。


「うちの隊が有能だということですよ」


 グランはニヤリと笑ってそう言うと、再び塔の中へと入っていった。


「待って!! ザーク様の様子だけでも聞かせて!!」


 エレノアはグランの背に向けて叫んだが、彼は振り返ることなく、塔の中へと入って行った。


「エレノア様!!」


 グランが消えて行った塔の入口を見つめていると、サミュが走り込んで来た。


「サミュ?! どうしたの?」


 膝に手を置き、肩で息をするサミュは、呼吸を整えるとエレノアの手を取って走り出した。


「エレノア様が来ていると聞いて……団長も大変な時にすみませんが、来ていただけますか……!!」

「エレノア様?!」


 サミュに手を引かれ走り出したエレノアにエマも驚きながら追いかける。


「これは、厄介なことになりそうだな」


 ボソリと呟いたオーガストは眼鏡をクイ、と上げると、三人の後を追った。



「これ……は」


 サミュに手を引かれ、やって来たのは騎士団の訓練場。広い地面には多くの騎士たちが苦しそうに横たわっていた。


「魔物の毒にやられた騎士たちです。治療をしてもらえず、ずっとここに放置されているんです!!」

「そんな……」


 二年前の光景がエレノアの脳裏に蘇る。貴族出身以外の騎士たちは病棟にも入れてもらえず、治療にあたるのは力の弱い底辺の聖女。


「聖女は……?」


 今は、聖女の姿が一人も見当たらない。


「ここには派遣されていません」

「そんなっ……! だって、騎士団の貴族主義は無くなったんじゃないの?!」

「……教会は未だ貴族主義です。グランの家、オーブリー伯爵家は密かに教会と繋がっていました。今回の討伐だって、あいつらは何故か予め情報を得、毒の耐性魔法を教会から受け、前線にも出なかった」


 説明をするサミュの顔がどんどん青くなっていく。よく見たら、額には脂汗が滲んでいる。走ったからではない、毒にやられたからだとエレノアは瞬時に理解した。


「サミュ、もう説明はいいから……!」


 エレノアが治療しようとサミュを制するも、サミュは話を止めない。


「わざと第一隊が前線に当たるような配置に持って行き、あいつらは加勢しようともしなかった……団長が助けてくれなかったら、また僕は……第一隊は……壊滅する所でした」

「ザーク様が……」

「そのせいで団長も魔物の毒を受けました。エレノア様……申し訳ございません……! でも、お願いします! 僕はどうなっても良いから、第一隊を助けて欲しいんです!!」


 サミュは息も絶え絶えにエレノアに訴えた。


「サミュ、まずはあなたよ」


 エレノアはサミュに微笑むと、一気に水魔法を発動し、聖女の力を込める。


(ザーク様も心配だけど、病棟で治療を受けているんだから大丈夫だよね……今は、目の前の騎士さんたちを助けなきゃ……!)


 サミュを治療したら、一気に聖水を作り上げ、急いで配らないといけない。エマに目配せすると、彼女は頷いて走り出した。


「ごめんね、サミュ!」


エレノアは聖水を作り上げると、サミュの口に一気に押し込んだ。


「がっは……」


 水を押し込まれたサミュが喉をゴクリと鳴らす。


 すると、青白かった顔色に徐々に赤みがさしていく。


「サミュ?!」

「ひ、酷いですよお、エレノア様。一度ならず、二度も口に突っ込むなんて」

「ご、ごめんね?」


 力無くも、いつもの人懐っこい笑顔を見せるサミュに、エレノアはホッと息をつく。


「エレノア様! 用意出来ました!」


 サミュが回復するのを見届けると同時に、エマが大きな桶を運んできた。


「私が聖水を作るから、騎士たちに!」

「はい!」


 エレノアは用意された桶に急いで聖水を作り出す。


「エレノア様……僕も手伝います」

「サミュ、あなたは病み上がりなんだからまだ休んでて」

「僕の仲間が苦しんでいるのに、休んでなんていられません……」

「……わかった、お願い」


 フラフラになりながらも立ち上がるサミュに、エレノアも頷く。


 エレノアが聖水を作り、エマとサミュが騎士たちの口に運ぶ。



(負傷者が多すぎるわ……! 間に合うの?!)


 焦りながらも、聖水を作り続けるエレノアの元に、オーガストがカーメレン公爵家の私兵を大勢連れてやって来た。


「義姉上!」

「オーガスト様?! ……どうして」

「こんなことだろうと思いまして。さ、急ぎますよ!」

「はい!」


 エレノアの言葉にオーガストが眼鏡をクイとさせながら苦笑いすると、すぐに切り替える。


 オーガストの的確な指示で、その場の騎士たち全員に聖水が迅速に配られた。


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