第31話 大聖女の警告

(大聖女様……。姿を見たことはあるけど、あちらは私なんて知らないはず……)


 エレノアはゴクリと唾を呑み、一歩前に進む。


「ご注文ありがとうございます。果実をお届けにあがりました」


 果実の入った籠を差し出し、豪華な椅子に腰掛ける大聖女をエレノアが見つめると、彼女はポツリと溢した。


「そう、あなたが……」

「え?」


 エレノアが聞き返した瞬間、視界が地面に移った。


「?!」


 突然のことに混乱したエレノアだったが、直ぐに自分が地面に突っ伏されていることがわかった。


「頭が高いぞ、お前! お前ごときがお姿を見て良い方ではない!」


 上から注ぐ声に、エレノアは聞いたことがあると、顔を上げる。


「あなたは……」


 未だエレノアを取り押さえる男の顔を見れば、昨日会った第二隊隊長のグラン・オーブリーだった。


「良いのですよ、グラン。呼び出したのは私なんですから」


 大聖女が手をひらりとグランにやると、グランは「はっ!」とエレノアから手を離した。


 エレノアが地面に膝をついたまま呆然としていると、大聖女は優雅に微笑む。


「初めまして。私はエミリア・バーンズ。イザーク様の婚約者ですわ」


(あっ……!!)


 エレノアはようやく頭の中で、聞いた覚えのある名前と繋がった。聖女の頂点に立つ人で、イザークとの噂を流していたご令嬢。それが、エミリア・バーンズだということに。


(こ、この人が……)


 目の前のエミリアに息を呑み、入口にちらりと目をやる。


「ここは、外からは中の様子が見えなくなる魔法がかかっておりますのよ」


 エミリアはエレノアににっこりと笑って見せた。


(護衛さんの介入は期待出来ない、と。道理で第二隊の人に取り押さえられても彼が入って来ないはずだわ)


 エミリアの説明に、首筋に冷や汗が伝う。


「それで、私に何の御用でしょうか?」


 エレノアは真っ直ぐにエミリアを見据える。イザークの婚約者・・・だと自己紹介したエミリアに、嫌な予感しかしない。


 グランに取り押さえられた時に籠を落とし、目の前には果実が転がっている。エレノアは拾いたい気持ちをぐっと押し殺し、エミリアの目的を探る。


「単刀直入に言います。あなた、イザーク様から身をお引きなさい」


 やはりろくな事ではなかった、とエレノアは思った。


「イザーク様には私という婚約者がいたんです。それをあなたが……」


 エミリアは美しく笑いながらも、目の奥には怒りが見える。エレノアはぞくりとしながらも答える。


「それは、私の一存では出来かねます」


 エレノアがきっぱりと告げると、エミリアの瞳の奥がゆらりと揺れた気がした。


(教会糾弾のための仮の結婚とはいえ、まだ目的も達成されていないし、それに……)


 イザークははっきりとエレノアを「愛している」と言ってくれた。オーガストはどうかわからないが、少なくともイザークはこの結婚に真剣でいてくれた。


「それは、王家の命令だからでしょう?!」

「え……」


 エミリアの言葉にエレノアはギョッとする。


(知って……? いやいや、極秘任務のはず……)


「あなたが役立たずの元聖女だということは調べがついております!」


 エミリアの言葉に、エレノアはひゅっ、と息を呑む。エミリアは椅子から立ち上がり、エレノアの前まで来ると、蔑んだ表情で見下ろす。


「王家は聖女を重宝してくださっています。たとえあなたのような力のないゴミ聖女でも、放っておけなかったのでしょう! イザーク様は王家のご命令に逆らえず、あなたみたいなゴミを娶るしかなかったのよ!! ああ、お可哀想に、イザーク様!! 私という素晴らしい聖女の婚約者がいながら、切り裂かれるなんて……!!」


(ええと? どこから突っ込んだものか……)


 目の前で悲嘆するエミリアに、エレノアは絶句する。しかし、やはりエミリアはオーガストの任務については知らないようだ。


「グランから話を聞いた時は驚きましたが、騎士団にあなたが現れたのは好都合……いえ、良い機会。わからせてあげようと思い、あなたのことをグランに調べさせたのです」


 お前かっ!とエレノアはグランを睨み付けると、エミリアに紹介されて得意げな顔をしているグランが立っていて、エレノアは辟易とする。


 果実店を探し当てられ、ここまで連れてこられたのはグランのせいだとわかり、腹が立つ。


(教会に存在がバレないように大人しくしていたのに、まさかザーク様の結婚への批判からこんなことになるなんて……)


「……汚らしい手」


 エレノアが考え込んでいる間に、エミリアはさらにエレノアに近づき、彼女の影がエレノアに落ちたかと思うと、エレノアはエミリアに手を踏まれていた。


「痛っ……」


 思わず声を上げれば、エミリアの顔が愉悦に変わる。


「その汚い手でイザーク様に触れているかと思うだけでおぞましい! 孤児の分際で!」

「本当に。イザーク様に相応しいのはエミリア様ただお一人です」

「ふふ、そうでしょう」


 エレノアの手から足を退けたエミリアがクスクスと笑う。


 イザークのハンドクリームで改善しつつあるも、まだあかぎれのある手からは血が滲んでいた。


「嫌だ、汚い」


 クスクスと笑うエミリアとグランに、エレノアは恥ずかしくなり、手を思わず隠す。が、イザークはエレノアの手を「美しい手」だと言ってくれた。


 エレノアは心の中から温かい想いを取り戻すと、エミリアにキッと強い瞳を向ける。


「ザーク様はこんな、人を貶めるような人に心を傾ける方ではありません!」

「ザーク……様、ですって?!」


 エレノアの言葉にエミリアは足元の果実をぐしゃりと踏み潰す。潰された果実の液体がエレノアにばしゃりとかかる。


「エミリア様に生意気なっ!」


 再びグランがエレノアを捕らえ、両手を後ろ手にされると、地面に顔を擦り付けられる。


「何よ! こんなことして、ザーク様が黙ってるわけない!」


 イザークはエレノアを守る、と言ってくれた。きっと彼は怒ってくれるに違いない。


(私は、いつの間にかザーク様をこんなにも信頼している……。出会ったときは懐疑的だったのにね)


 取り押さえられたエレノアをエミリアが見下ろすと、その表情は歪み、先程の美しい表情とは違った恐ろしい笑顔になる。


「あなたはどうなのよ」

「え?」


 歪んだ笑顔からエミリアは勝ち誇ったように言葉を発した。


「あなただって、育ての親を見殺しにしといて、イザーク様に軽蔑されないとでも?」


 エミリアの言葉に、エレノアの強い瞳が陰った。



☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.

お読みいただきましてありがとうございます!

不穏な所で続いてしまいましたが(汗)、明日からも毎日更新します。ぜひエレノアとイザークを見守っていただけると幸いです。

良いお年をお迎えください。

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