第17話 ミモザの花言葉

「それ、キスされようとしてません?」

「ええええええ?!」


 次の日、エレノアは果実店にやって来て、もも飴を試作していた。女将は配達でいないので店番も兼任していた。


 女将が仕入れてくれた桃は、甘さが強く瑞々しい。飴をかじった瞬間、果実の甘さに感動するだろう。


(ふふ、ザーク様、喜んでくれるかな?)


 イザークが顔を輝かせて飴を食べる姿を想像してニヤニヤしていたエレノアは、エマに突っ込まれて、根掘り葉掘り昨日のことまで喋らされてしまったのだ。


「いや、キスって、飛躍しすぎだと思うけど……ザーク様の距離感、バグってるし」

「いいえ! そんな雰囲気だったのでしょう?」


 キス、と言われて恥ずかしくなったエレノアは、顔をパタパタと扇ぎながら否定する。しかしエマは興奮した様子で、どうしてもキスだということにしたいらしい。


「私を慰めようとしてくれてただけだし……それに、その、キスした訳じゃないし……」

「ちっ、チキンめ」

「あの、エマさん?」


 しどろもどろに説明をすれば、エマはその美人な風貌とは真逆の乱暴な言葉遣いをする。エレノアはそんなギャップに慣れつつもあった。


「いいですか、エレノア様! 今度そんなことがあったら、しばらくは目を開けてはいけませんよ?」

「は、はあ……」


 力一杯力説するエマに、エレノアは思わず頷いてしまった。


「でもさあ、妻って言っても見せかけなんだからさ、キスはしないでしょ? そういうのは好きな人としないと」


 エレノアは自分で言って、傷付くのがわかった。


(ザーク様に好きな人……いつかは……)


「はああああ、あのヘタレが」


 エレノアが俯いていると、エマが盛大に溜息を吐いた。驚いてエマを見れば、彼女は怒っているように思えた。エレノアは慌てて話題を変える。


「そういえば、本邸のお庭のミモザは黄色だけなのに、離れには三色あるのね!」

「ああ、黄色のミモザはカーメレン公爵家の家紋にも使われているんですよ」

「ああ、だからメインの所は黄色だけなのね!」


 エレノアの話にエマが乗って来てくれたので、ホッとして話を進める。


「エレノア様、ミモザの花言葉はご存知ですか?」

「ええと、確か、『優雅』だったかしら? 公爵家にぴったりね」


 エマの言葉に、エレノアは宙を見ながら思い出す。花言葉はあまり詳しくはないが、それは有名なので知っていた。


「はい。それはミモザに共通したものですわね。ミモザは色によってもそれぞれ花言葉があるんですよ?」

「そうなの?」


 得意げなエマに、エレノアは興味津々で乗り出した。そんなエレノアに、エマも嬉しそうに教えてくれる。 


「黄色には『秘密の恋』、オレンジには『上品』」

「秘密の恋……」


 何故かドキン、と胸が跳ね上がったが、エマの話に集中する。


「白は『頼られる人』、『死に勝る愛情』ですわ」

「……それは、何とも重たいね」


 最後の白のミモザの花言葉に、エレノアは半目になりながら言った。


「そうですわね。でも、そんな愛、素敵じゃありません?」

「確かにそんな愛があったら素敵だね。でも私は、生きてさえいてくれたら良いかなあ」


 どこか遠い所を見つめて答えるエレノアに、エマはハッとした。


「すみません……、エレノア様!」

「ううん、違うの。気にしないで」


 昨日の今日だ。またエマに気を使わせてしまい、しまった、とエレノアは反省する。


「あ、飴、出来たんじゃない?」


 エレノアは乾燥させていた飴に慌てて振り返った。


「あれ?」

「どうしました?」


 飴を見て固まったエレノアに、エマが心配そうに駆け寄る。


「ええと、これ、オーガスト様に報告する案件かな?」


 完成したもも飴を持ち、指さしながらエレノアは首を傾けた。


「エレノア様、まさか……?」

「う、うん。微量だけど、この飴からキラキラした銀の光が見えるよ」

「ええ?!」


 オーガストが言っていたことは本当だった。枯渇したはずのエレノアの聖女の力は残っていた。無意識に飴に付与するほどに。


 試作段階だったので、飴は5本だけ。


「……全部、提出ですね」

「ですよね……」


 エマの言葉にエレノアはがっくりと項垂れる。


(でも、何で? 私の力は失われたはず……)


「じゃあ今日は、お買い物に行きましょうか!」


 考え込むエレノアに、エマは両手を叩いて笑顔で提案した。


「お買い物?」

「はい! 今日はもう飴も作れませんし、これは護衛兵に持って帰らせますから、女将さんが帰って来られたら街に出てお買い物しましょう!」


 エレノアは特に欲しい物も無かったが、確かにこれ以上何も出来ることは無いため、エマの提案に乗ることにした。


 作った飴は護衛兵の一人に預けられ、オーガストの元へ。そして帰ってきた女将と交代して街へと出た。


 エマに連れられて街を回ると、どこもエレノアにとっては真新しく見えた。


 教会にいた時は、任務でしか外に出なかった。女将に拾われてからも休みの日は家に籠もっていた。


 こんなふうに、誰かと買い物に行くなんて初めてだった。


 エマは途中で屋台の串を手渡してくれたり、エレノアの果実飴に乗っかって真似をしている店の果実飴なんかも買ってきてくれた。


「やっぱり、エレノア様が作る果実飴が世界一ですね」

「そうでしょ、そうでしょ?」


 他店の果実飴を食べながら、エレノアはエマと笑い合った。そうして街を回るうちに、エレノアはふとある店に目を留める。


「エレノア様?」

「ねえ、エマ、ここに少し寄ってもいい?」


 そこは女性の化粧品が並ぶ可愛らしい雑貨店だった。店先のディスプレイに並ぶ季節の商品に目がいったエレノアは、思わず立ち止まった。


「はい。何か買いたい物でも?」

「うん、ちょっとね」


 エレノアは店の一番目立つ場所に置かれたミモザの香りのハンドクリームを手に取り、思わず笑みを溢した。

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