第7話 騎士団長の想い(イザーク視点)

「私は、彼女と離婚するつもりは無い……」


(エレノア殿がこのカーメレン公爵家に来て、俺との結婚に承諾してくれた……)


 しかしエレノアは、この結婚が事務的・・・な物だと勘違いしていた。オーガストが進めてくれたものの、少々強引な手だった自覚はある。


「……カーメレン公爵家の長男で、騎士団長を努める兄上との結婚に飛びつかない女性がいるなんて驚きです」


 エレノアが去った室内で、弟のオーガストがニヤニヤと笑いながら言った。


 本当はイザークが彼女を店まで送り届けたかったが、オーガストと話があったため、仕方なくカーメレン家の私兵に送らせたのだ。


「彼女はそんなもので目を曇らせる女性じゃない」

「そうでしたね」


 からかい気味な弟は兄にジロリと睨むまれると、オーガストはふう、と溜息を吐いた。


「彼女は兄上の好意に気付いていませんでしたが……」

「俺は真剣に求婚したつもりだ」

「あんな兄上を見たら、世の女性方が卒倒しますね」


 イザークは至って真剣なのに、オーガストはクツクツとまだ笑っている。


「まあ、結婚してしまえばこっちの物。兄上が彼女を幸せにして手放さなければ良いではないですか」

「……わかっている」


 オーガストの言葉にイザークも自身に言い聞かせるように答えた。


(彼女は俺のことなんて知らない。だから少しでも知ってもらおうと、あの飴屋に通った。痺れを切らしたオーガストが彼女をここに呼び出したと知った時は驚いたが……)


「少々、強引ではなかっただろうか?」

「……今更、ですよ兄上。それに、グズグズしていたら教会に彼女を確保されていたかもしれません」


 3歳下のオーガストは、22歳にして次期宰相と言われるほどの自慢の弟だった。彼の才能に早くに気付いたイザークは、自身は騎士団に入団して、弟にカーメレン公爵家の跡目譲ると決めた。その決断に今も後悔は無い。


 イザークはイザークで、騎士団でやり甲斐を感じ、仲間にも恵まれた。騎士団長まで任されるようになり、充実している。


 時々、王城や騎士団に出入りするご令嬢に煩く言い寄られるのは面倒に思っていたが。


 そのご令嬢の中でも、よく出入りする教会派遣の聖女、エミリア・バーンズ侯爵令嬢はことあるごとにイザークに擦り寄って来ていた。


(騎士団員の多くは、彼女を美しいとかお似合いだとか、エミリア嬢をもてはやすが、本当の美しさとは、エレノア殿、彼女こそにあると俺は思っている)


「しかし、こちらの重要参考人が、兄上の想い人だったと知った時は驚きました」

「それは俺もだ」


 エレノアのことを考えていると、オーガストが思い返したように言った。その言葉に、イザークもここまでのことを思い返す。


 オーガストは第一王子のフィンレー殿下付き。殿下から秘密裏に教会の悪事を暴く任務に着いていた。


 騎士団長であるイザークも、動き回る駒としては都合が良く、任務に加担していた。


 聖水の秘密に気付いたオーガストが作り手を突き止めたかと思うと、その聖女は追放されていた。やっと突き止めた場所に派遣されたイザークは、驚いた。


 王都で話題になっていた果実飴屋で働いていたその聖女は、彼が探していた人だったからだ。


 活き活きと働く彼女の表情を見て、イザークは彼女に抱いていた恋心が確かな物だと確信した。と同時に、今の彼女の幸せを壊して良いものか悩んだ。


 エレノアの居場所を突き止める過程で、彼女が教会から受けてきた待遇の悪さや、使い捨てのように追放されたことを聞かされていたからだ。


 イザークはそのことをオーガストに話すと、呆れたような表情をされた。


『あの果実飴屋は王都で今や大人気です。そのうちエレノア殿の存在もバレます。そして、私の鑑定では、彼女の力はまだ強い。教会が連れ戻すのも時間の問題。そうなれば貴重な証言者を失います』


 ジョージに買いに行かせた果実飴を見せながら説明する彼の言葉を聞きながら、イザークは納得しつつも、しきれない顔をしていると、弟から思ってもみないことを提案された。


『では、兄上が幸せにしてやれば良いんじゃないですか?』

『何……?』


 オーガストの突拍子もない提案にイザークは驚いた。


『元々、彼女はこちらで保護して匿う予定でした。それならいっそ兄上が結婚して、守って差し上げれば良いのでは』


 彼女を想いながらも、結婚までは考えてもいなかったイザークは、ただ驚かされた。


 オーガストは兄がエレノアをずっと想っていたことを知っていた。冗談だったのか、本気だったのか、それは今でもわからない。しかし、イザークはそんな弟の言葉に乗ることに決めたのだ。


『わかった。俺がエレノア殿を生涯守ると誓う』


 決めたイザークの表情を見て、オーガストは「そうですか」と静かに笑った。


 それから、彼女を迎えに行ったものの、つい彼女のペースに乗せられ、イザークは話をすることもままならなかった。


(まずは俺を知ってもらおうと果実飴屋に通っていたら、オーガストが痺れを切らして、今に至る、というわけだが……)


「彼女の果実飴屋、続けさせて良かったのか?」

「兄上だって、彼女の今の生活を壊したくない、とおっしゃっていたでしょう」


 ようやくエレノアがイザークの元にやって来た。そんなことを思い返し、ふとオーガストに質問をした。


 彼女を閉じ込めたいのかと思っていたのに、オーガストはエレノアの「飴屋を続けたい」という願いを了承した。


「まあ、今まで通りとはいきませんが。売り子はこちらで手配して、彼女には飴作りの裏方だけに専念してもらいます。もちろん護衛も付けます」

「……ありがとう」


 よく出来た弟は、イザークがポツリとお礼を呟くと、何故か嬉しそうに笑っていた。

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