7、黄昏の悪夢

「決着をつけよう」


 自分の頭部プロセッサーから右腕や全身に、張り巡らされた蜘蛛の糸を辿って信号が送られる。


「スパイダーネットワーク、稼働状況90%」


 パーフォーマンスを上げるために不要なキャッシュが削除されていく。重大なエラーからメインシステムを保護していたユメの意思も薄れていく。

 人格プログラム、休止スリープ状態に移行を確認。


「……」


 ユメは虚ろな目で、アリスに襲い掛かる。

 それは意識を削いで、純粋に目標行動を遂行する人形マリオネット。彼女の動きはプラネットと連動し、最適化されている。


「機械に感情は要らないって……? なんだよそれ……」


 ワイヤーで伸びてくる右腕を弾いて、流星の高機動でユメの後ろをとる。


「だったら! 僕の身体なんか使ってんじゃねぇぞ!」


 近距離発砲からの銃剣突撃。

 だが、糸に引っ張られるようにユメの身体は、素早く身を動かし、何事もなかったように振り向き、伸びた腕を、周囲の水槽を叩き割りながら振り抜き薙ぎ払う。

 水平方向の攻撃に、流星の上昇で対応せざるをえない、アリス。そんな甘えをプラネットは許さない。


「クソっ!」


 プラネットは振りの遅い鉄拳ではなく、対空兵装を発射する。

 屋内で放たれた粉末状のそれは、不燃性の気体遮断剤。二個ある噴出口の一方を防ぎ、流星のブースターの動作を妨げる。

 飛行制御が不安定になった流星とアリスは落ちる。


「ただで落ちるかよ!」


 アリスと流星の翼が分離する。流星は基部となるパーツのみを残し、機能不全となった片翼と、まだ加速能力を残した片翼を分離する。


「右ウイング、最大出力」


 生き残った翼を片手に掴み、バランスを欠いた飛行で無理やりプラネットに接近する。


「お前も道連れだ……!」


 アリスは翼から手を離す。一基だけでは姿勢が安定しない翼だが、近距離で放出すれば、狙いなど関係なく当たる。

 そしてアリスは前回の戦いで、プラネットの弱点を見抜いている。

 変形機構を持っているが故に構造上脆弱にならざるを得ない、エンジン心臓部付近の可動フレームを狙って、流星の翼が衝突する。

 速度は不十分。だが残った燃料が翼の粉砕と同時に、爆ぜる。

 そして、プラネットの燃料タンク、NOSも連鎖する。

 アリスの網膜を眩い白い光が突きさす。遅れて、耳元でアンプの爆音を食らったような衝撃。


「――!」


 アリスの叫び声は爆発音にかき消され、水槽が割れ水浸しになった床に叩きつけられる。 


「……互いにユニット一基ずつ、これでイーブンだろ」


 生身の頭部に残された鼓膜が、耳鳴りを訴えながらも、強がりそれでもなおアリスは立ち上がる。


「……」


 胸部に大穴を空けられたプラネットが崩れ落ちる中、依然として顔色一つ変えないユメがアリスを追い詰める。

 機動力も空中戦も封じられ、得意の狙撃も通用しない距離。流星と接続することで延命していた自身の身体のエネルギー残量も両翼を失い残り僅か、アリスに残された道は少ない。


「黙んなよ……これじゃ、本当に人形に八つ当たりしてるみたいじゃんか……」


 アリスの投げかけにもアリスは無言の右腕で返す。

 離れた距離を、ワイヤーの拳で埋める。

 アリスにとっての幸いは、空気圧で射出される拳が彼の目をもってすれば十分見切れる速度であったこと。

 銃剣で払いのけ、すぐさま射撃の体制に移り引き金に手を掛ける。

 アリスにとっての不幸は、ユメが機能をアンロックしたスパイダーネットの真価を見せていなかったこと。

 払いのけたはずの右腕。正面に納めたユメ。プラネットを落とした今、それで奴の手は全てだと思い込んでいた。


「マジで最悪……」


 カランと狙撃銃が、手から零れ落ちる。

 アリスの身体が、無数の糸で拘束されている。

 それは会敵時、プラネットが放っていた対空射撃で床に散らばっていた先ほど食らった消火剤だと思い込んでいたもの。プラネットの爆発で水浸しの床に残った分が散らばっていた粉末状の薬剤。

 それらが意思を持ったかのように、糸のようにアリスの動きを封じた。


「スパイダーマンのつもりかよ……」


 最初から仕込まれていた。流星対策と思い込まされた蜘蛛の糸。

 プラネット、その装備を含め『身体』とし統率する複合型ユニット。それが『スパイダーネット』。

 アリスの拘束と言う目的を果たしたからか、ユメはそれ以上の行動を起こさない。ただ魂を失った無表情で立ち尽くす。


「ふざけんな……これで自分が死んで、僕が満足すると思ってんのか!?」


 手も足も縛られ動けないアリスの表情は、憎悪か、悲哀か、それでもナオ、ユメの首に手をかけようと苦しみ藻掻く。


「僕はこんな木偶の棒に居場所を奪われったっていうの……そんなの……絶対に認めない!」


 切り札は、まだその身体に――


「コール! 『ナイトメライ』!」


 それに呼応するように、作り物の心臓が鼓動を早める。その糧に、全身のエネルギーを寄越せと言わんばかりに、早く早く脈を刻む。

 そして、呼応するように手放された狙撃銃スナイパーライフルが声を出す。SVLK-14Cと名付けられた、世界最高峰の狙撃銃。通称――


『声紋認証クリア……対人戦闘ユニット『トワイライト』起動』


 夕焼けが群青に食われ始めている空も、夜を告げようとする宵の明星が見えなくとも、天井に覆われた黄昏の空に手を伸ばす。

 彼の背中に残された流星の格納庫ストレージから射出された刃物が縛り付ける糸を切り裂く。


「人形風情が、優しい夢の中で、穏やかな眠りに付くなんて絶対に許さない……永久に続く昼と夜の狭間で、僕と同じように、苦しみながら沈め! 『香澄夢芽』!」

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