6、Me too

 空を見上げると、二条の飛行機雲。


 いずれ、迫り来る入道雲にかき消されると知りながらも、時が経ち霞のように消えていく運命さだめと知りながらも、それは、必死に足跡を残そうと絶え間なく、精一杯、飛行機の後を追っている。

 それをなんとなく、少女は火が付いた煙草でなぞってみる。


「ゆめめちゃんは、高いところとか怖くないの?」

「なんですか急に」


 喫煙所で同じように紫煙を吐くのは篝理。


「いやね、アリスって方もそうだけど、普通にビルの屋上で平然としてたのが、なんか以外でさ」

「飛行機から落ちたのにってことですか」

「そう、普通トラウマになんない?」

「そこの部分の記憶は私にはないので平気なんだと思います。アリスの方は知らないですけど」


 きっとアリスにとっては、高所からの落下などどうでもいいほどに、もっと強い感情で焼き尽くされたのだろう。そんなことをぼんやりと思いながら煙草を一息入れる。


「私も一ついいですか」

「なによ」

「どう考えても、煙草を吸える機能は要らないと思うんですけど。中の機械壊れたらどうするんですか」

「……それもそうだね」

「えぇ……」


 一足先に吸い終えた篝理は、消火してユメを待つ。


「強いて言えば、往々にして無駄だと思っているものは、何かを生む」

「例えば?」

「今なら、ゆめめちゃんと話す時間」

「まともな人みたい……」

「自分はまともな頭をしているさ。出なければお前を創れない」

「倫理観は詰まってないのに」


 不思議なこともあるものだ、と思いながら、ユメも火を消す。


「行くかい?」

「その前に、お願いがあります」

「さんっざん、腕やらプラネットやら直させて、その上、お願いごととは、ずいぶん逞しくなったもんだ」

「えぇ、ロボットですから」

「皮肉はもう少し勉強だな」


 不器用にポンと頭に手を置く。力加減が分からないのか、少し強かった気がしてはたかれたのかと勘違いしそうだった。


「聞くよ。なんせ自分は現代のフランケンシュタイン博士だからな」


◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦◇♦


 そこは室長室。矢車室長、組対課長高木、技術班班長篝理、そして詩音班の顔ぶれが揃っていた。

 無事に完治したユメを交えて、矢車と話を付けにきたのだ。

 ユメも毎日来ていた二人から、あらかた事情を聞いている。一つの事実だけを除いて。


「私と課長での話し合いは、ついぞ、決着がつかなかったよ」

「こちらも、意見を変える気はななかったですから」


 課長はどこか不安そうに詩音たちと矢車を見つめる。

 あとは、三人の決断に任されたと言ってもいい。


「最初に言っておくが、晴川」

「はい、今日は何もしません」

「よろしい。本来なら始末書ものだったが前回は私も熱くなっていた節もあるから不問にしておく」

「葵、葵、しおちゃん何したの」

「俺に聞くな、口止めされてる」


 最初に取り決め(主に詩音に対しての注意)をしたところで、本題に移る。


「お前達、晴川班は今回の特捜から外し、入院期間中にヘルプで送っていた班員をそのまま続けて使う。異論があれば挙手をしてから発言しろ」


 前回と違い、聞く耳を持ってくれたのは良い変化だろう。いや、聞く耳を持たなければ、詩音からの爆撃が飛んでくるからか。


「はい、室長」


 手を挙げたのは、ユメだった。


「いいのか?」

「そうしないと、二人は納得しないです。それに……私も決着を付けたいから」


 決着、と彼女は言う。それを見守るのは事情を知る三人の上長。

 向き合うべきは、二人の、大切な幼馴染。


「私から二人に話があるんだ」


 精一杯の『笑み』とは言えないほどの微笑みで、彼女は伝える。


「私は二人にずっと嘘を吐いてました」


 抱え込んでいたものを吐き出す。

 騙していた自分を、二人から受けるべき非難への覚悟を、機械の頭で何度も想像しながら。

 これが、『三人』にとっての最善だと。


「そういうわけで、私はあなたたちの幼馴染、香澄夢芽のフリをした……」

「違う!」


 それを大きな声で止めたのは、詩音だ。


「しおちゃん……?」

「違う、騙してたのはアタシ」


 それは、告解か、告白か、はたまた、自白か。

「最初から全部知ってた、最初から、夢芽じゃないて分かってた、それなのに……アナタを本物のように接しようって言ったのはアタシ!」


 詩音の自白は、彼女が自ら契約を破る行為だ。


「詩音だけじゃねぇよ、俺も知ってる。お前が本物の夢芽じゃないってことは」


 あの日、病室で契約を交わし、罪を共有した。

 夢芽が死んだ。そのことを受け入れられずに。もしもの奇跡も信じられずに、自分たちの心傷を見て見ぬふりするために、彼女を利用した。

 ユメは変わらない表情で、少し、目尻が下がったように見えた。


「俺ら、アリスに会いました」


 そして、そのツケが回ってきた。


「……そうか。まったく、お前らは勝手な行動を」


 葵は室長が、自分たちを外そうとした理由を察していた。

 それでも、やっぱり。


「今回の一件、俺らが解決しなくちゃいけない。原因は俺らだ。警察官が自分のせいで事件が起きたってんなら、そのケツは自分らで拭かせて下さい」


 引けない。

 もう見て見ぬふりは出来ない。


「であれば、話しておかねばなるまい」


 ちらっと矢車はユメを見る。

 それに答えるように、ユメが話す。


「私は室長に賛成なんだ。二人に捜査を続けてほしくない、だって僕は」

 それは小さな微笑だったかもしれない。



「八月二十四日、その日を最後に私の人格データが初期化される」



 それは、アリスの目的の達成――ユメの余命を意味していた。


 これは……彼女が二人に送る贖罪だった。


「人格データの初期化……どういうこと?」

「自分から説明しよう」


 震える詩音の問いに、傍観していた篝理が名乗り出る。


「ゆめめちゃんはアリスとの接触によって、記憶データと人格データの間に大きな齟齬が発生した。その結果、同期プログラムが機能停止し現在進行形で人格データは崩壊している。該当箇所の記憶データを削除することでその進行を遅らせることもできるが、結論から言えば、崩壊は止められない」


 一切の感情を見せないその説明を受けて、ユメが続く、


「わざわざ、キミたちが危険を冒してアリスを捕まえに行かなくても、この身体を囮にアリスを捕まえることが出来る。アリスの目的は果たされ、また時間が経てばキミたちの元に本物の香澄夢芽は戻ってくる」


 淡々と告げるユメ。


「これで、全部元通りだ」

 これは、彼女が二人に送る、告白だった。

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