5.ギルドでの争い

 大男は剣を振りかぶり、ワシ目掛けて思いきり叩きつけてくる。

 こやつ、ちゃんとした剣術を修めておらんな。

 これではただの力自慢の素人剣術だ。

 力んで溜めて思いきり剣を振り回すだけ。

 それではどうぞ避けてくださいと言っておるようなものだぞ。

 ワシは分かりやすい男の剣を足さばきだけで避け、剣を持つ手を棒切れで強かに打ち付ける。

 

「がぁぁっ、いてぇっ」


 ガラガラと音を立てて剣を取り落とす男。

 少し小突いただけで大げさな男だ。

 真剣だったら指を切り落としておるぞ。


「拾え。まだ勝負は終わっておらん。まさかこの程度ではあるまいな」


「くっ、この、くそがきがぁぁぁっ」


 男は素早く剣を拾うと、今度は両手で剣の柄を握り込んだもろ手突きを放つ。

 この攻撃はなかなか良いが、少し前のめりすぎだの。

 全体重を軸足から離してしまえば攻撃が失敗したときに大きな隙となる。

 特に突きなどは線の攻撃ではなく点の攻撃なのだからよほどの機を作らねば当たらん。

 こんなやぶれかぶれに出していい技ではないのだ。

 やはり雑兵の域を出ん剣術だの。

 ワシは身体を横にして突きを避けると、男の懐に飛び込んだ。

 そして前のめりになった男の喉元を下から上に突き上げる。

 突きとはこう放つものだ。

 

「げぇぇぇぇっ、がはっ、がぁぁぁっ」


 男はまたも剣を投げ出し、首を押さえて転げまわる。

 尖ってもおらん棒の先で突かれただけだが、喉は急所だからの。

 痛みで失禁してもおかしくはない。

 漏らしておらんこの男はなかなかに我慢強いと言える。


「おいマジかよ。マックスがやられてるぜ」


「相手ガキだろ」


「ハーフエルフのガキだ」


「ハーフエルフにやられるとはマックスも情けない」


 ワシと男の戦いを見ておった周りの連中が騒ぎだす。

 マックスというのがこの男の名前だと思うのだが、やはりハーフエルフというのがわからんな。

 髪が金色のガキのことか?

 だが金色の髪をした者は酒を飲んでおる者の中にもたくさんおるし、街でも別段珍しいわけではない。

 なんだというのだ。

 

「そこまで!そこまでです!ギルド内での争いは禁止ですよ!!」


 男が立ち上がったらまた打ち据えるつもりであったワシを一人の女が止める。

 栗の渋皮みたいな髪の色をした背の高い女だ。

 しかし妙なことを抜かす。

 ギルド内での争いごとが禁止だというのならば、なぜこの男はワシに絡んで銭を巻き上げようとなどしたのだ。


「この事務所内で争いごとが禁止などということはワシは知らんかった。それが規範ならば従うのもやぶさかではないが。お主、なんでこいつがワシに絡み始めたときに止めなんだ?」


「え、えっとそれは……」


「ワシがこいつに叩きのめされてなけなしの銭を奪われてもお主は黙っておったのではないか?所詮小汚い乞食が殴られて金を奪われただけだ。そんなことは街のあちこちで行われておることだ、と」


「そんなことは……」


「それが蓋を開けてみれば乞食のほうが自分とこの大事な冒険者様をボコボコ殴り始めたので慌てて止めにきたのではないのか?」


「………………」


 女は黙り込んでしもうた。

 否定せんのだろうか。

 否定せんということはワシの言うたことが正しいということなのだろうか。

 ワシとてこのようにおなごを責めるようなことを言いたくはないのだ。

 違うなら違うと言うてくれればそれで引き下がるのだがの。


「そのへんで許してやってくれないか?」


「うん?」


 黙り込む女の代わりに口を開いたのは、ワシの後ろでこの戦いを見ておった冒険者の一人だった。

 こげ茶色の髪をした無精ひげの男だ。

 こやつもガタイがでかく、背も6尺(約180センチ)以上はあるだろう。

 そしてこやつの足運びからは長い鍛錬の匂いがする。

 床に転がっておる男よりも、よほどいい勝負ができそうな男だ。


「まずは謝るぜ。馬鹿が馬鹿やって済まんかった。誤解を解くために言っておくが、普段からここの職員は喧嘩なんざ止めねえ。ギルド内争い禁止ってのはただの建前で、実際は喧嘩なんざ日常茶飯事だ。このお嬢ちゃんが止めたのは単純に新人だからだ。他の職員はなんで止めないんだって思いながら勇気を振り絞って止めたら遅くてほとんどお前さんがこの馬鹿を伸しちまってたってだけの話よ」


「なるほどの。納得した。責めるようなことを言ってすまなかった。謝罪する」


「あ、い、いえ。こちらこそ余計な真似を……」


「まあお嬢ちゃんもこれで学んだだろう。喧嘩は危ないからあまり首を突っ込まないほうがいいぜ」


 今回は相手が剣まで抜いておったからの。

 ワシと相手の実力が伯仲しておれば殺し合いになっておっただろう。

 そのような場に非力そうなおなごが口を挟むのは確かに大変危険なことかもしれんな。


「坊主、ここでの喧嘩の流儀を教えてやるよ。そいつの財布から銀貨一枚くらい持っていきな。今回はその馬鹿は剣を抜いてるから多少多めにとってもいいぜ」


「なるほど、身ぐるみ全て剥ぎ取るといらぬ恨みを買うことになるか」


「そういうこった。そいつは根に持つタイプだろうから銀貨1枚だけでも恨まれるかもしれんがな。ま、そんときゃ上手いことバレねえように殺せ。冒険者が一人路地裏で野垂れ死んだところで衛兵隊はろくに捜査もしねえからな」


「わかった」


「そういやまだ名乗ってなかったな。俺はキール、冒険者だ。これも何かの縁だ。なにかわからねえことがあったら俺に聞け。一度くらいはサービスで答えてやるよ」


 キールか、なかなかに気のいい男だ。

 ワシは自分も名乗ろうと思ったが、今思えば今生の自分の名前を覚えていないことに気が付いた。

 なんだったかの。

 悲しいことに名前など生まれてこのかた呼ばれた記憶がない。

 まあ思い出せないものは仕方があるまい。

 前世の名を名乗ることにしよう。


「ワシの名は渡辺勘兵衛吉光。よしなに頼む」


「ワタナベカンベーヨシミツ?珍妙な名前だな。どれが名前だよ。全部か?」


「珍妙とは失礼な。渡辺は家名で吉光は諱だ。呼ぶなら勘兵衛と呼んでくれ」


「カンベーな、覚えてたらそう呼ぶぜ」


 そう言って軽く手を振るとキールという男はまた酒を飲むために酒場に戻っていった。

 ワシは床に転がっておる男から銀貨を剥ぎ取るとするかの。

 銀貨というのは銅銭何枚分なのだろうな。

 思いもよらぬ臨時収入だ。

 これで塩が買えるかもしれぬ。

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