ハヤカワくんのはやとちり:2


 ハヤカワくん十四歳

 1993年(平成5年)、ハヤカワくんは中学二年生になった。

 今まで住んでいた2LDKの県営住宅では手狭になり、近くのマンションに引っ越した。そこでハヤカワくんは自室を手に入れたのだ。

 この頃、ハヤカワくんのオカルトブームはさらに拍車をかけた。小学生の頃から読んでいた『アトランティス』はもちろん愛読書であったのだが、さらに週刊少年マンガ雑誌で数年前から連載が始まった『OMR オカルトミステリー調査班』というマンガもハヤカワくんの興味を刺激した。このマンガは、出版社の編集部員で編成された調査隊が、世界中の超常現象を科学的に検証していくというストーリーのマンガであった。

 『アトランティス』と共通するテーマを扱うことがあり、出版社も違う二つの媒体で、同じ内容の情報を得ることは、世の中のトレンドであると感じたのだ。

 そしてもう一つ大きな変化として、共通の趣味を持つ友だちが出来たことだった。

 ハヤカワくんと同じクラスの上原和也うえはらかずやことウエハラくんだ。ウエハラくんは休み時間になると、ハヤカワくんの席に行き、そこで『アトランティス』や『OMR』の話を始めるのだった。

 

 昼休み。ウエハラくんは弁当を持ってハヤカワくんの隣の空いている席に着いた。二人で弁当を食べながらオカルト話を始める。

「ハヤカワくん、今月号のこれ見た? 『徹底検証! エジプトミイラの防腐処理技術に迫る!』」

 ウエハラくんがハヤカワくんに尋ねた。

「見たよ。現代医学でも通ずるほどの技術があったことがX線検査で分かったってやつだよね」

「そう。紀元前2500年も前なのに現代医学と同じってすごいよね」

 ウエハラくんは該当する文章を、赤のマーカーを使ってラインを引いた。そしてそこにマークを書き記した。

 ウエハラくんの「上」とハヤカワくんの「川」を重ねたような印で、「止」の文字の右にもう一本線をいれたような形だ。「山」のような「止」のような形になる。そしてその印の周りを丸で囲む。

 二人で作ったマークで、「上川マーク」と呼んでいる。上川マークは、二人の中で重要だと思われるものにこのように書き記すことにしてた。

「そんな高度な技術、古代人が持っていたっていうのが不思議でならないよ」

「やっぱハヤカワくんもそう思う?」

「もちろん。僕は古代人は宇宙人だった、もしくは宇宙人が古代人に技術を教えたんだと思う」

 ハヤカワくんは昔から超古代文明は宇宙人がもたらしたものだと信じていた。

「『OMR』にもそんなこと書いてあったね」

「カズはどう思う?」

「俺は未来人だと思うな。タイムトラベルしたんじゃないかな」

「そうかなぁ。何のために未来から来たのか謎じゃない?」

「それは地球を高度に発展させるためじゃない?」

「それなら宇宙人説の方が有力だよ。ギザの三大ピラミッドの配置だってオリオン座を表しているって言うし。宇宙への目印なんじゃないかな」

 ハヤカワくんは宇宙人説の持論を熱弁する。それに対しウエハラくんも未来人説を語る。

 最終的には、二人の説を統合して、未来人が宇宙人で、その宇宙人が過去に行ったのではないか、という新説を見出す。

 次の授業の予鈴が鳴った。

「あ。そろそろ戻らないと。いやぁ考えが尽きないねぇ」

 ウエハラくんは読んでいた『アトランティス』を閉じた。裏表紙に掲載されていた商品広告にハヤカワくんが反応した。

「こういう広告って、実際本当に効果あるのかな?」

「『あなたの身に起こる危険、予めお教えします。帽子を被るだけで脳を刺激。強力バンドで頭をしっかりガード!』だって」

 ウエハラくんは裏表紙に記載されている商品のキャッチコピーを読み上げた。

「宇宙人の技術の結晶がつまってるのかもね」

 ハヤカワくんはそんな冗談を言った。


 こうしてハヤカワくんの中学時代は、ほぼ毎日、ウエハラくんとオカルト話をして過ごしていった。



 ハヤカワくん十七歳

 1996年(平成8年)、ハヤカワくんは高校二年生になった。

 ウエハラくんとも同じ高校、同じクラスとなり、彼らは引き続きオカルト話で盛り上がっていた。ただこの頃になると、彼らの興味は超古代文明や超常現象などの直接的な謎ではなく、それらの謎を科学やテクノロジーによって解明したり、もしくはその謎の現象は、国や軍、秘密組織が真実を隠している、あるいは真の目的を果たすための計画の一部である、といった陰謀論へとシフトしていった。

 フリーメーソンやイルミナティといった秘密結社による世界征服などの陰謀論については以前から『アトランティス』でも取り上げられていたが、政治、宗教、歴史の知識が必要とし、内容が少々難しかったため、小中学生のハヤカワくんの心には響かなかったのだ。

 しかし高校生ともなると、その当たりの知識も少なからず持ち合わせてきて、陰謀論についても興味が湧き始めた次第である。

 また、ちょうどこの頃、UFOや幽霊などのオカルト現象を科学の力で解明しようとする『Zファイル』というアメリカのSFドラマが日本でも放送され爆発的なヒットとなった。さらにハヤカワくんが高校三年に上がるころには『特殊リサーチ20XX』という日本のドラマ仕立てのバラエティ番組も始まり、こちらも科学検証によって超常現象を解明していく内容で高視聴率を記録していた。

 折しも世の中ではウィンドウズ95の発売、スペースシャトル「エンデバー」の打ち上げ、インターネット検索エンジンサイトのサービス開始などといったテクノロジーの進化が飛躍的に伸びたことから、オカルト業界でも科学的側面が重視されるようになったのだろう。

 さらに謎の新興宗教、オウム真理教による地下鉄サリン事件の発生やよく陰謀論の対象となるロスチャイルド家の末裔であるジェームズ・ロスチャイルドの変死のほか、二百三十名もの死者を出したトランス・ワールド航空800便墜落事故では「アトランタオリンピック開催を妨害するためのテロ」、「アメリカ軍によるミサイル誤射」、「アラスカ軍事施設による実験対象」などのように盛んに陰謀論が唱えられた時代だった。

 そんな世の中だったためか、愛読書である『アトランティス』や『OMR』でも、科学やテクノロジーを題材にしたものや洗脳、秘密組織、陰謀論にまつわる話が多くなっていた。



 ハヤカワくんとウエハラくんは休み時間に教室でバミューダトライアングルについて話をしていた。

 バミューダトライアングルとは、フロリダ半島の先端と、大西洋にあるバミューダ諸島、プエルトリコの三点を結んだ三角形の海域のことで、この海域では昔から飛行機や船舶が行方不明になる事故が多発していることから、よくオカルトの題材として取り上げられているのだ。

 この海域に入ると、コンパスや計器類が故障してしまう、乗組員だけが忽然と消え飛行機が墜落してしまう、行方不明になった船舶が後に発見されるが、乗組員は見つからない、などの報告事例がある。

 『アトランティス』によると、この海域で消えた旅客機が、三十五年後に突如現れ、近隣の空港に許可を得ずに着陸、空港職員が機内を調べると、乗員乗客九十二名全員が白骨化していた、という記事も書かれていた。

 その原因は不明であるものの、UFOによる接触、ブラックホールによる消失、異常気象による墜落、周辺海域の磁場による沈没など様々な仮説が立てられた。

「前までの俺なら、宇宙人説を信じてたけど、メタンハイドレート説が有力だと思ってる」

 ハヤカワくんは『特殊リサーチ20XX』で得た知識をウエハラくんに話す。

 メタンハイドレート説とは海中で発生したメタンガスが海面に浮き上がることによって、船舶は浮力を失い、航空機はエンジンが酸欠となり墜落するという説だ。

「ハヤカワくんはロマンがないなぁ。これはブラックホール説が正解だよ。タイムトラベルしたに違いないよ」

「まさか」

「だって破片一つ見つからないんだぜ? この世から消えたとしか思えないよ」

「本格的に海底を調査したら見つかるって」

「そういうもんかなぁ」

 ウエハラくんは納得がいっていない。

「もしくは陰謀論かもな」

「どんな?」

「重要人物が乗っている飛行機や船舶を消すには都合のいい海域ってこそさ」

「なるほどな」

「怪奇現象のせいにすれば、下手に調べる奴も出てこないだろうし」

「そうだ」と言い、ウエハラくんはパラパラとハヤカワくんの持っていた『アトランティス』のページをめくり、「じゃあ、これはどう思う?」と赤マーカーで「上川マーク」を書き記した。

 中学生の頃から二人の間で使っている「上川マーク」は今も健在だった。

「どれ? 『アメリカによるねつ造か!? 人類は月に行っていない!』か」

「そう。アポロは実際には月に行っていなくて、ハリウッドスタッフがアリゾナで撮影したらしい」

「ああ、これも信じる。アメリカ政府とNASAによる陰謀だと思う」

「俺もそう思う。空気がないのにこんな風に旗がはためくハズがないし、同じ写真内でこんな風に影の方向がバラバラになるハズがないんだ」

「たしかにな。この月面の山地がアリゾナの山地と一致するっていうのがもう答えだよ。アリゾナで撮ったってことだよね」

 ハヤカワくんとウエハラくんは『アトランティス』に載っている数々のねつ造の証拠を指を指しては確認しあった。

「ソ連への対抗心から、アメリカが企てた陰謀なんだよ」

 小中学生の時は、超常現象を何でも宇宙人に結びつけていたハヤカワくんだったが、この頃になると、科学的に解明できなさそうなものは陰謀論に結びつける傾向にあった。

 もちろん宇宙人の存在も否定しているわけではないが、その存在が明るみに出ないのはアメリカ政府がひた隠していると考えている。

「陰謀論と言えば、知ってるか? ケネディ暗殺事件の真相」

 ウエハラくんが得意げにハヤカワくんに尋ねた。

「なんだよ」

 ウエハラくんはケネディ暗殺事件についてのいくつかの陰謀論を披露した。


 こうしてハヤカワくんの高校時代もほぼ毎日、ウエハラくんとオカルト話をして過ごしていった。

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