近代広告概論:3

 次の講義まで時間があるので、頼まれていたポスター制作を進めるためにクラブ棟に向かうことにした。

 幸樹は大学でもサッカークラブに所属している。プロチームと比べると強さは劣ってしまうが、幸樹同様、プロチームに所属しているメンバーが数名いるので、練習のしがいがある。

 クラブ棟は大学敷地内の一番端にある。幸樹の通っている大学は、密集した土地に全てを集約したいわゆる都市型キャンパスではなく、広大な敷地に講義棟や研究棟、クラブ棟などが点々と配置された郊外型キャンパスである。各施設の行き来にはバスなどの交通手段もあるのだが、幸樹は基本的に歩いて移動している。

 緑が多く目の保養になることもこの大学を選んだ理由の一つだ。

 林道を進むと、鳥のさえずりが聞こえてきたり、木漏れ日が身体に降り注いだりするので自然を感じることが出来る。

 やがて三角屋根のコテージのような建物が転々と現れてくる。それら全てがクラブ棟である。広大な敷地を利用して、クラブごとに一つのコテージが割り当てられているのだ。テニスクラブやバスケットクラブ、そしてサッカークラブなどコートが必要なクラブはコテージの裏に専用コートが整備されている。

 さながら避暑地や郊外のキャンプ場のようで、この大学の人気スポットのひとつである。

 さらに敷地の一番奥にはサバイバルゲームクラブが三つも存在していて、クラブ同士で対戦していることもある。

 サッカークラブは敷地のちょうど真ん中当たりに位置している。幸樹は目的のコテージに着くと、階段を上がり扉の間に立った。

 ピピッと音がして「認証しました」と表示が出る。コテージの扉には簡易的な認証システムがついている。この大学ではコテージに限らず、パブリベート空間やプライベート空間に入る際にはこのように認証システムが組み込まれているのだ。

 これにより安心してパブリベートが確保されるのだ。パブリベートとは、パブリックとプライベートの間のことである。不特定多数の人と空間を共有する場合は公共の場として「パブリック」、一人だけの空間を「プライベート」、さらに不特定多数ではなく、見知った人とだけ空間を共有する場合に「パブリベート」と呼んでいる。セミパブリックともいわれる空間で、コテージ内はクラブメンバーしか入れないのでパブリベート空間ということだ。

 中に入ると、ブライアンがリビングのソファでくつろいでいた。ブライアンはアメリカ出身の大学三年生で、幸樹の三個年上である。

 コテージは二階建てとなっており、一階にはパブリベート空間のリビングがあり、二階には各メンバーのプライベート空間としての個室と、コテージ裏にあるコートを観覧できるパブリックビューイングスペースがある。試合は誰でも観覧できるが、コテージ内から観覧できるのはメンバーのみだ。

「おう、幸樹! どうした? こんな時間に」

「ユナイテッドES東京のポスター作らなくちゃいけなくて」

「あぁ、本戦のやつね。本戦でお前と戦いたいね。次の試合はいつなんだ?」

 ブライアンも幸樹と同じくプロチームに所属しており、しかも、幸樹と違ってスターティングメンバーだ。大学のサッカーチームでもプロチームでもエースストラカーである。

 プロチームの方は、予選で苦戦しており、まだ本戦への出場権を獲得できていない。

「今日の夜」

「そうか、今日か。見に行こうか?」

「あ、いや。多分試合には出ないと思う」

「幸樹の活躍が見たいぜ!」

「ありがとう。ブライアンは次の試合はいつなの?」

「俺は明後日。コンディション整えなきゃな」

 ブライアンはそういうと、ソファから降り、その場を何周か走り回った。

 幸樹は二階に行き、部屋の前で「認証しました」という認証システムを通過し、自室に入った。

 自室は完全なプライベート空間である。やはりプライベート空間は素の自分を出せるので落ち着く。自室はベッドとデスクがあるぐらいの簡素な作りである。幸樹は椅子に座りデスクに向かい、パソコンを開き、ポスター制作を始めた。


 今週末も朝から「近代広告概論」の授業を受けている。休もうとも思ったが、単位を落としたくないので眠い目をこすりながら出席した。出席さえすれば単位を落とすこともないだろう。

「やがて広告業界にもリアルタイム入札制度が導入されました。一円でも安く良質な広告枠を買うことが求められたのです」

 眠気を誘うような内容を教授は話している。

 結局、先週夜の試合は幸樹の出番はなかった。終始相手チームに押されそのまま負けてしまったのだ。本戦の出場権は獲得しているので特に影響はないものの、例えば幸樹などサテライトメンバーを投入して体制を取り直してもよかったのではないかと思った。

 今日の夜が予選最後の試合である。この試合で勝てると、トップ通過となる。制作中のポスターでも「予選トップ通過!」と謳えれば引きが強いので是非とも勝ちたいところだ。願わくば今日の試合、幸樹自身が出る幕があるとよいと思っている。

 どちらにせよ夜のコンディションを整えるためにも少し眠っていた方がよいだろう。おやすみ。

 

「えー。それでは今日もね、最後に、近年SNSで炎上した広告事例をひとつ紹介して終わりにしようかね」

 幸樹は自然と目が覚めた。

 教授は今週も炎上クイズを出してきた。大型モニタには「エビ、サーモン、牛カルビ。」 と大きな文字と写真が表示された現代美術館のポスターだった。期間限定展示の内容で、その展示内容がまさに「エビ、サーモン、牛カルビ。」のようだ。エビ、サーモン、牛カルビの新鮮そうな画像がズームで表示されていたり、構図やテイストの異なるエビ、サーモン、牛カルビもサイズ違いでいくつかポスターには掲載されていた。

 世界中のエビ、サーモン、牛カルビを集めた展示らしいがそのコンセプトは不明だ。

 さらに「六十歳以上の方限定! 木曜日はシニア割がお得!」とポップなフォントで書かれた美術館のポスターが表示されている。その案内の横には男女の高齢者のイラストが載っている。

 ポスターには年号が書かれており、それによると今から十六年前のものであることがわかる。

 幸樹も生まれているのでひょっとしたら知っている事例かもしれない。

「さて。なにが炎上したのかな?」

 教授がそういうとシンキングタイムが始まった。

 幸樹が真っ先に目をつけたのは牛カルビだ。このように牛の切り身を芸術として写真に撮ることが残虐性の面で炎上したのだろう。

 牛の他に、豚、鳥、鴨なども同様だ。昔、これらが普通に食されていたことは幸樹も知っているし、小さい頃に珍味として食べたことがあった。

 食べた感想としては、脂っこく感じたのと噛みちぎれない感触に気持ち悪さを覚えたのだった。普段食べているバッタやコオロギ、セミの幼虫のほうがよっぽど美味しい。

 この十五年で地球温暖化が深刻化し、二酸化炭素を排出する家畜産業が世界的に減少し、これらの肉は超高級食材として扱われている。フードテックにより大豆ミートで出来た唐揚げや培養肉による生姜焼きがその代替品として扱われているが、それらも幸樹の口には合わなかった。

 それ以前に人間と同じ哺乳類を食べるという感覚が幸樹には分からなかった。

「ちなみに、この時代はまだ普通に本物の牛を食べていたので、炎上ポイントはそこではないぞ」

 教授がそうヒントを与えると、昔、「焼き肉」という文化が盛んで、よく食べに行ったという話をした。今でいう「唐昆カラコン」のようなものだろう。

 幸樹はしばらく考えたが炎上したポイントが分からなかった。

「では、答えを言おう」と教授は言い、大型モニタの画面に答えを映した。

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