未来からきた男:6


 次の日、俺は杉本と一緒にこの時代の「杉本浩二」のアパートに様子を見に行った。木造三階建ての古めかしいアパートである。アパートの前に来ると、きな臭いにおいがしてきた。一階の郵便受けを見ると、「202号室・杉本」という表札の隣に「203号室・寺山」という表札があった。

 俺たちは外階段を上り、二階フロアの廊下から奥に進んでいくと、「杉本」という表札が目に入った。小学生の「杉本浩二」が住んでいる部屋である。アパートの外観から察するに家族で住むには少し狭い印象を受けた。

 杉本が予言した「寺山」の部屋は、確かにその隣にあった。「寺山」の部屋の前まで来たときに、杉本の予言が確信になった。「寺山」の部屋は確かに燃えていたのだ。

「これは、ひどい……」杉本は現場を見て小さくつぶやいた。小さいころの記憶と照らし合わせているのか、しばらく立ち尽くしていた。

 すでに鎮火後だったが、まだ周囲が熱をもっているのが分かり、また黒い煤が部屋中を被っていて、燃えた玄関の扉には「立ち入り禁止」の黄色いテープが貼られていた。現場検証は終わった後だろうか、消防車やパトカーの姿はなかったが、周囲には人だかりが出来ていて、間違いなくついさっきまで燃えていたことが分かる状態だった。

 今回の火事が放火であることは、今後の警察の調べによって明らかにされるだろう。

「予言、当たったな」

「私にとっては予言ではありません。実際に過去で体験した出来事を話しただけですから。信じていただけましたか?」

「まぁな。信じるしかないだろ。疑って悪かったな」

 杉本の予言は確かに当たったのだ。俺は杉本が予言と称しながら、自分で放火しにいくなどの不正をするんじゃないかと、昨日は俺の家に泊まってずっと監視していたが特に変な行動もなかったのだ。杉本は本当に未来から来た人間だったのだ。

「いえいえ、分かっていただけたのでしたら、それで良いです。ありがとうございます。誰も、未来から来たという話を鵜呑みにする人はいないですから。こうして証明できて良かったです」

 杉本は証明できたことに安心したのか、小さな溜息を洩らした。せっかくだからついでに幼少期の杉本の姿も見ようと、呼び鈴を押そうとしたのだが、「未来に影響があるかもしれない」と杉本に止められてしまった。



 俺たちは俺のアパートに戻り鍵を開けようとすると、鍵が掛かっていなかった。

「あれ? おかしいな。ドアが開いている」

 不審に思い扉を開けると、驚きの光景が飛び込んできた。テーブルはひっくり返り、床には物が散乱していたのだ。いや、物はもともと散らかってはいたが、何か荒らされたように激しく散乱していたのだった。窓ガラスは割れていて、トイレの木製のドアはバッドで殴られたような大きな亀裂が縦に一線入っていた。さらに食器やグラスなどの割れ物はほとんど割られていて、テレビや冷蔵庫、炊飯器などの電化製品もバッドで殴られたように割れや凹みが出来ていた。

「なんだ、これは! どういうことだ!」

「こ、これは……どうして。もしかして……あいつらが……」

「おい、あんた、なんか知ってるのか?」

「まさかとは思うのですが、私のせいかもしれません。私が未来から来たことと、その理由をあなたに伝えたために、あなたも共犯容疑でやつらに追われることになったのかもしれません。やつらのやり口は非道で、未来に影響がある場合、たとえ未来から来た人間でなくても、消します」

「消す?」

「えぇ、この時代に存在していなかったことにするのです。未来で犯罪に走る人物の赤ん坊時代や幼少期時代へ行き、その存在自体を消すのです。未来で消さず、赤ん坊や幼少期で消すのは、出来るだけ犯罪者と関わる人物を減らす為です。罪を犯そうと考えている人物を消しても、すでに後継者や共犯者がいると困りますので、犯罪に手を染める前の、しかも極力社会と繋がりのない子供時代で消すのです。今回はその警告かもしれません。……そうか、そういうことだったのですね」

「今度はなんだ?」

「寺山家の放火。あれは私を消すために、やつらが行ったのかもしれません。やつらは私が未来を変えようとしているので、幼少期の杉本浩二を消そうとした、そう考えることが出来ます。しかし誤って隣の寺山家を燃やしてしまった、もしくは、隣を燃やしたことも警告の一種かもしれません。次は確実に消す、と」

「ちょっと待て。あんたの言っているやつらってのは、なんなんだ。昨日の話だと、未来の警察はたとえ犯人が分かっていても、未来に影響があるかもしれないから過去には干渉しないって言っていたじゃないか。ひとりの人間を消すってことは未来に影響があるんじゃないのか」

「やつらが警察に見えますか?」

 昨日、杉本を追っていた二人組を思い出した。柄物のシャツと柄物のジャケットを着たヤクザのような男二人組。確かに警察には見えない。

「やつらはキュクロスから送り込まれた組織の人間です。過去を変える犯罪者が多くなると、キュクロスの過失になってしまいます。その不祥事からタイムトラベル研究の国際運営への譲渡の声も出ていますので、施設存続のためにもキュクロスは犯罪者末梢に躍起になっているのです」

「なるほどな、未来の殺し屋か」



 部屋を荒らしたことや杉本の隣人の部屋を燃やしたことが、「消す」ことの警告だとすれば、何らかの手を打たないと、俺は本当に消されてしまうということだ。

「どうにかならんのか。俺は犯罪なんかしちゃいねぇのに消されてたまるかっ!」

「ほ、方法は……ひとつだけ、あります」

「なんだ? どんな方法だ? 早く言え」

 「特許を出願して未来を変える」それが杉本の言った方法だった。この先の未来では、杉本たちの作った書類を前田がキュクロスに渡し、キュクロスは特許を得て莫大な利益を上げるという未来が待っている。それをこの時代で俺たちが特許を出願し、この先の来るべき未来を変えてしまうというものだった。

 しかしそうすることで、現在から杉本がいた未来までの間に新しく発見されたことやノーベル賞を受賞した研究成果も先取りしてしまうことになり、この時代では測定不能な現象や、命名されていない研究名を使っており、一体それはどうやって知ったのかと言う矛盾が生じてしまう、タイムパラドックス現象が発生してしまうらしい。それによってどのような結果をもたらすのかは不明であるが、結果が変わるのは未来側――つまり杉本だけであって、俺にはなんら影響がないらしく、そこは心配しなくてよいようだった。

 なのでこの時代で特許を出願してほしいらしく、そしてそれには、やはり書類譲渡として一千万円を支払ってほしいと言うのだ。

「私は、キュクロスから特許権がなくなれば、それで構いません。あとはこの時代で頂いたお金でひっそりと暮らします。なので、やつらに消される前に出願をして欲しいのです」

「分かった、分かった。俺もこの書類がもらえるならうれしいし出願はしてやる。だが消されるか消されないかの瀬戸際なんだ。さっき話した一千万円での譲渡は、出世払いでいいだろ? 今、そんな大金用意できねえ。そんな金持ってねぇよ。将来、大金が入るのは実証済みの書類なんだからよ、後払いだ」

「お金の面なら心配いりません。当てがありますので」

「なんだ、当てとは?」

「あるヤミ金からお借りいただけないでしょうか」

 杉本は涼しい顔をしてそう言った。「ヤミ金から一千万円借りろ」と、そう言った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた馬鹿にしてんのかっ! ヤミ金で一千万円なんか借りたら、俺は一生かかっても返せないぜ。利子返しのイタチごっこだ! 馬鹿か、あんた!」

「お、お、落ち着いてください。わ、私の言い方が悪かったです。申し訳ござません。実はあるヤミ金から借りると、利子どころか、元本も返さなくて良くなるのです。要するに借りた分だけタダになるのです」

「そんな、虫のいい話あるかっ! やめた、やめた、馬鹿にするのもいい加減にしろよ」

「お、落ち着いて下さい。大丈夫なんです。未来では、そのヤミ金は存在しません。いや、未来というのは大げさですね、あと一週間もすれば、そのヤミ金は姿を消します」

「なんだと? どういうことだ?」

「足がつき摘発されそうになったので、どこかに姿を消すのです。そのため借りたお金も返そうにも返せなくなるのです」

「ほんとうなのか?」

「えぇ、実は私もそれを利用するためこの時代に来ました。すでに一千万円借りています」

「ほう、なるほどな。未来を知っているからこそ出来る手口だな」

「私の借りた一千万円と、この書類をお譲りするための一千万円、合わせて二千万円で私は海外でひっそり暮らそうと思います。どうかその書類で素敵な未来へ変えて下さい。あなたは見ず知らずの私が助けを求めているときに、助けていただきました。だから、あなたのような思いやりのある方ならきっと出来ます。お願いします。どうか、私を助けてください」



 その後、俺は杉本から教えてもらったヤミ金から一千万円を借りた。その金を杉本に渡し、特許書類の譲渡が完了した。

 さっそく書類一式を弁理士に預けた。杉本がなにからなにまで書類を準備していたため、何事もなく受理され弁理士が書類の中身を確認している。

 それから数週間経ったが、杉本には会っていない。もう海外に行ってしまったのだろう。杉本を追っていたヤクザ風の男たちも見かけなくなった。

 俺に特許書類が譲渡されたことで未来が変わったのだろうか。キュクロスが作るタイムマシン装置は、この先の未来では作られていないようだ。この先の未来はまだ誰も知らない――。


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