未来からきた男

未来からきた男:1


 ピッピーッという電子音と共に、現金三万円が吐き出された。

 俺はコンビニのATMで現金を下ろしていた。一週間分の食費と生活費をこうして週末にまとめて下ろすのが、俺の生活スタイルだ。

 世の中は電子マネーが主流になってきているが、俺は現金支払いが好きだ。

 キャッシュカードと一緒に出てきた明細書の預金額を見る。週三万円は使い過ぎだろうか。特に金に困っているという訳ではないが、毎週、明細書を見る度に預金額が減っていくのは、憂鬱な気分になる。引き出しの手数料も馬鹿にならない。そろそろ電子マネーに切り替えるべきか。

 俺の口座に、どこかの企業が間違って莫大な金を振り込んでくれはしないだろうか。ちょっと昔にどこかの村が給付金を一人に振り込んだニュースもあったな。

 そんな妄想をしつつ、下ろした金でタバコとコーラを買い、外に出た。

 空は青く晴れ渡っていて、降り注ぐ日差しが眩しい。夏はまだ先だが、暑さがじりりと肌に伝わる。暑いときには炭酸に限る。俺は手に持っていたコーラのプルタブに手をかけた。

 するとその瞬間、スーツ姿の中年の男が激しくぶつかって来た。衝撃で腕に痛みが走る。

「なにするんだ」

「た、た、助けてください!」

 男はすぐさま俺の背中に隠れるように回り込んできた。そしてそのまま、かなりの力で胴回りにしがみついてきた。男は手に紐付きのA4茶封筒を持っている。男の震えが身体を通して伝わってくる。

「なんだ、いったいなんなんだ」

「お、お、追われているんです。あの男たちに、……消されてしまう!」

 男の指差す方に目をやると、二人組の男が何かを探すように歩いている。向かって左の人物は、長身、短髪、顎髭、眉間に皺を寄せて睨みをきかすような目をしている。服装は派手な金色の刺繍が施された柄物のシャツに、上下、割と太めのストライプ柄のスーツを羽織っている。右側の人物は、長髪、顎髭、サングラスに、金のネックレスと大きめの腕時計、これまた派手な花柄のシャツに、ヘビ柄模様のようなジャケットを羽織っている。

 二人ともヤクザのような様相だ。

「あ、あいつら、私を消す気なんです」

 「消す」とは随分と物騒な物言いだ。こういった奴とは関わりを持たない方が無難だ。

「わるいな。人違いだ。俺はあんたもあの男たちも知らない」

 立ち去ろうと、しがみついている腕を払おうとしたが男は離れようとしない。それどころか締め付ける腕の強さは増して、俺の脇腹が引き締まっていく。

「分かった、分かった。とにかくこの場所から離れよう。分かったから、とりあえず離してくれ」

 俺と男はとりあえずこの場から移動することにした。



 二人組の男に気づかれないよう、ゆっくりとコンビニの前から離れて角を曲がる。振り向きながらついてきていないこと確認して、早足になりさらに離れる。また角を曲がり、今度は一気に走った。

 元いた場所から三、四百メートルほど離れたところで、近くにあった公園の中に入る。

 久しぶりに走ったので息が切れる。深呼吸をして息を整えた。

 男も同じく息切れしており、肩が大きく上下している。

 「カキョッ」という音と同時に、しゅわーっと炭酸がはじけ飛んだ。さっき買ったコーラをゴクゴクと一気に飲む。喉を通る炭酸が気持ちよい。走った後は炭酸が美味しい。

「おい、飲むか?」俺は残りを男にも勧めた。

 男は残りの分を一気に飲み、「助かりました、ありがとうございます」と礼を言った。

 男の格好は新橋にいるサラリーマンのような格好で、黒髪に眼鏡でまじめそうな顔立ちだ。身長は俺よりやや低く、中肉中背で腹が少し出ている。歳は四十代後半か五十代だろう。俺よりも年上に見える。

「あんた、ヤクザに追われているのか?」

「ヤクザ? そ、そんなんじゃありません。あいつらは……あいつらは……」

 男は言葉に詰まり、うつむいて黙ってしまった。

「まぁ、いろいろあるだろうけど、頑張れよ」

 俺はヤクザ絡みの話など、そんな物騒なものに関わりたくなかったので、適当に話を終わらせ立ち去ることにした。

「ま、待ってください、どうかお話だけでも」

 男はきょろきょろと辺りを見渡し、公園の隅にあるベンチを指差した。

「いや、俺はもう帰るよ。もう大丈夫だろ。ここまで逃げてきたんだ。すぐには見つからんさ。じゃあな」

 俺は男に背を向け、いそいそと歩き出した。

「そうですか……。助けていただいたお礼もしたかったのですが……」

「お礼?」

 恥ずかしながら「お礼」という言葉に反応してしまい、振り返ってしまった。

「はい」男はにこやかに笑う。

「ま、まぁ。そこまで言うんなら、話ぐらい聞いてやるよ。この後の予定もないしな」

 今さら引き下がることもできず、話を聞くことにした。実に単純である。

 男は「では」と公園のベンチを指差す。その顔はまだ少し微笑んでいた。俺が「お礼」欲しさに立ち止まってしまったことは気づかれているようだ。俺は男と一緒に、公園の隅のベンチへと移動した。


「信じられないかもしれませんが、聞いてください。単刀直入に話します」

 俺と男は少し距離を取りながらも横並びにベンチに座った。男は正面を見たまま話を続けた。

「……私の名前は、杉本浩二すぎもとこうじと言います。実は、今この世界には『杉本浩二』という同一人物がもうひとり存在しています。彼はまだ六歳の子供でこの世界にいる正しい『杉本浩二』です。ここにいる私、『杉本浩二』は、この時代では子供でいることが正しく、私自身は未来からこの時代にやってきました」

「未来からここに? あんたが? 何を言っているんだ?」

「えぇ、そうです。信じられないかもしれませんが、私は未来から来ました」

 杉本は真剣な顔でこちらを見た。

「笑わすな。冗談だろ? 嘘ならもう少しマシな嘘をつけ」

 俺が笑ってみせると、杉本は少し困った顔をした。

「……そうですね、少しばかり話の展開を急ぎ過ぎました。順を追ってご説明します。お時間はありますか?」

「あぁ、時間は構わんが、くだらない冗談ならいらないぞ」

「と、とんでもございません。冗談ではありませんので、どうか聞いてください。では、まず私がここにきた理由、それをお話します。私が未来から来たということを信じるか信じないかは、その後にご判断してください」

 俺はとりあえず杉本の話を聞くことにした。

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