ころしてない

ころしてない:1


 高速道路は単調だ。昼間ですら目立った景色がなく単調なのに、夜は景色すら見えず、ただただ等間隔に並べられた道路照明と車線境界線を目で追うぐらいでなおさら単調だ。

 しかし、積荷を安全にかつ時間通り目的地に届けるためには夜の移動は最適である。

 夜の高速道路は滅多に渋滞することなくスムーズ流れているからだ。

 前方のトラックと一定の距離を保ちながら俺は車を走らせる。

 建設用の資材を積み込んだ大型トレーラーが大きな音を立てながら右から追い抜いていく。そんなに急ぐことなかろう。

 前方トラックの扉部分には大手家電メーカーのロゴが確認できる。

 そのほかにも、宅配便のトラック、コンテナを載せたトレーラー、液体窒素などの化学品を運ぶ特殊車両、とにかく夜は物流量が多い。

 俺は安全運転だ。法定速度はしっかりと守る。何も急ぐこともない。時間通りに届ければいいのだ。


 大隈貴明おおくまたかあき。それが彼の名前だ。彼はこの道のプロであり、二十五年間運び屋をしている。

 積載物はさまざまだ。ある時は地方から都心部へ向けて農産物を運ぶ。ある時は港に着いた工業用資材を郊外の工場へと運ぶ。そしてまたある時は積載物を知らされぬまま指定の場所へと運ぶ。

 知らないからといって危険物や爆発物を運搬しているわけではないし、まして違法なものを運搬しているわけでもない。

 単に委託業者から請け負った荷物の詳細までが知らされていないだけである。


 貴明の今日の仕事は東京都品川区から愛媛県伊予市まで荷物を運ぶことだ。伊予市は彼の生まれ育った街で、中学生までの十数年間そこで過ごしている。その後、親父の仕事の関係で神戸へと移り住んだ。

 彼が伊予市に行くのは十年ぶりである。移動距離だけで約十時間の道のりで、それに荷物の積み込み、荷卸し、二回の休憩をプラスすると、トータル十六~十八時間かかる予定だ。

 働き方改革だの残業時間だの自動運転だのそういったものがようやく我々の現場にも入ってきて、労働時間の管理が一昔前よりも厳しくなった。

 車載カメラの映像は自動的にナビシステムのAIによって解析され、連続して運転が続いていたり、瞬きの回数により眠気が検知されると休憩するように促され、自動的に路肩に車を止められる。

 車内の二酸化炭素濃度も見える化されており、こちらも二酸化炭素濃度が高くなると、ドライバーが酸欠になり眠気の原因になることから、適度に自動的に換気されるようになっている。

 自動運転技術も導入され、高速道路や直線距離の多い国道での自動運転切り替えも積極的に推奨されている。これらの仕組みによって運転業務の負荷は大幅に軽減され、さらに多様性の考え方もあり昨今では女性ドライバーもだいぶ多くなった。今は43.4パーセントが女性ドライバーである。

 しかし、いくら自動運転だからといって、貴明が運転以外の仕事をしたり、業務外のこと行ったり、ましてや寝たりできるかというとそういうわけでない。それでも、自動運転技術や働き方改革によって、一昔前よりも人間が行う業務への負荷が減り、適度に休憩を入れることができ無理なく仕事をこなすことができている。

 しかしそれ以上に拡大する物流業界の人手不足は賄えず、また運転という基本的には一人で行うものであると考えると、ワンオペであるという根底は昔から変わらない。



 貴明は前方のトラックをぼんやりと見ていた。最近、仕事に集中出来ていない。

 自動運転だからといって気を抜いていいものではないが、気がつくとぼうっとしていることが多いのだ。

 あまりにぼうっとしていると、「ドライバーの命は絶対に守る」と厳しい監視の目を光らせているナビシステムによって居眠り検知アラートを鳴らされてしまう。貴明は背筋を伸ばし姿勢を正した。

 自動運転ならば、運転以外のことをしてもいいと思うのだが、残念ながら現在の法律では違法となってしまうので、前方後方しっかりと人間の目で見て自動運転のサポートをしなくてはならない。

 しかしそれは人間がAIのサポートをしているようでなんだか納得いかない。運転している方がよっぽど気が散漫にならないし、仕事に集中できるのに、と思う。

 正確性という点では自動運転に任せたほうがよいのだろうが。

 自動運転とはいえ、こうしてぼうっとしているとそのうち事故を起こすんじゃないかと貴明自身思ってしまう。

 仕事に集中できない原因はよくわかっている。親父だ。簡単に言えば親父の介護疲れだ。寝不足による身体的疲労も然る事ながら、いつまでも続く介護への精神的疲労がかなり溜まっている。

 もう殺してしまいたい。それかもう死んでしまいたいとさえ思う。

 誰にも知られずに親父を殺すことなどできるのだろうか。

 どうやったら親父を殺せるのだろうか。もしやるならば決して捕まることのない完全犯罪にしたい。

 そんなことを割と本気でいつも考えていた。

 今日も自動運転のサポートをしながら、貴明はその方法を考え始めた。まず凶器をどうするか決めなければならない。職業柄、全国を駆け回るので、どこか地方のホームセンターで包丁やノコギリを手配すれば、足がつきにくいのではないかと考えた。

 しかし監視カメラ社会の今日、ホームセンター内はもちろん、県道も高速道路も自宅の前の小さな道路にでさえ、防犯カメラがついているのだ。なんならこの車にだってカメラがついている。

 自宅で親父の死体が発見されようものなら、一緒に暮らしている一人息子の貴明が第一に疑われるだろうし、その足取りを調べられたら、遅かれ早かれホームセンターで犯行に使われた凶器と同じものを購入したことまで行き着くだろう。そうなればもはや終わりだ。この方法では殺せない。

「何かいい殺し方はないか……」貴明は独り言を言い、小さくため息を吐いた。

「親父を殺すいい方法……」


 俺は車内を見た。殺し方……。父親を殺す方法……。

「それはよくないことです」


 ナビシステムが貴明の声に反応した。

「いや、何でもない」ナビシステムに対し訂正する。

 わざわざ凶器を新しく調達せずに、自宅にあるもので殺すのはどうだろうか。その場合、警察はどう考えるだろう。身内の犯行だと思われないだろうか。

 例えば留守中に空き巣が入り、親父が帰宅したときに鉢合わせてしまい、焦った空き巣が突発的に台所にあった包丁で親父を殺した、というストーリーも成り立つのではないか。

 いや。これでは自宅周辺の防犯カメラの映像を調べれば空き巣など入ってないことぐらいすぐに分かってしまうだろう。完全犯罪にするには穴が大きすぎる。

 では殺す場所を変えるのはどうだろうか。防犯カメラすらない山奥で殺すのが手っ取り早い。

 例えばそう、休日にどこか山間の保養施設に親父と一緒に行く。「久しぶりに外出しよう」と言えば、誘いに乗るだろう。流石に山の中には防犯カメラもついていない。

 山奥でやっている個人経営の小さな民宿を予約する。民宿に着いたら、その後二人で川釣りをしに山に入る。そして人気のないところで親父を殺す。凶器は自らの手がいい。指紋がつかないように後ろから思いっきり崖に突き落とそう。

 登山中、親父が誤って足を滑らして転落したことにするのがいい。事故死に見せかけるのが自然だろう。

 これならば死体の処理に困ることなく親父を殺せる。

 いや、でも待てよ。万が一、親父の当たりどころがよく生き延びたら、突き落とされたことを証言されてしまう恐れがある。

 確実に殺すために崖下に行ってトドメを刺そうか。靴跡でバレそうだ。心配して崖下に行ったことにすればなんとかなるだろうか。

 それなりに高さが無ければ殺せないが、あまり高さがあると崖下に行って確かめることもできなくなる。そう考えると突き落としは不確実かもしれない。

 そもそもあの歳の親父を山に連れ出すこと時点で不自然と思われるかもしれない。

 やはり誰にもバレずに殺すことなど出来ないのだろうか。

 貴明はまた小さくため息を吐いた。

「もう死んでしまいたい」

 考えるのも面倒だ。自分が死んだ方が楽なのではないか。もう疲れてしまった。このまま殺せないのであればもう死にたい。

「心の悩みケアが必要でしょうか? お近くのケアセンターリストを表示します」

 貴明の独り言にまたナビシステムが反応し、画面に案内が表示された。

「大丈夫だ」気軽に独り言も言えないことに、軽くストレスを感じ、ため息を吐いた。

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