六魔王の脅威

 バリルが転移陣に乗り消えていく。

 部屋に残されたのは三人。

 シグレは改めて身なりを整え口を開く。


「よろしいので?」


 シグレは気づいていた。

 現在の六魔王は単なる創作物の一キャラでしかないと。

 NPC はバリルのことを、プレイヤーが恐れる本物の六魔王だと知らない。

 知らないがゆえに下手に手を出して暴れさせようものなら、その後どうなるのかなど想像に難くない。


「サクッチがいれば問題ないでしょ」

「危険視しているのはそこではありません」


 シグレが最も危険視しているのは、プレイヤーの反応だ。

 高度な発達をした国や都市の多くはプレイヤーが関わっている。

 魔族が攻めてくるまでの間、技術や特産品等の取引も案外平和なのはそのためだ。

 だが、プレイヤーが国の多くに関わっているからこそ生じる問題がある。


「私達の国への被害も惨憺さんたんたるものでした。まさか……忘れてはいないですよね?」


 それは六魔王への絶対的な絶望感だ。

 千まで築き上げた国が、たった一匹の気まぐれな六魔王によって粉々に砕かれた。

 数時間、数日分、酷いときは4か月分の働きが全部パーだ。

 しかも壊した理由は大概自分勝手でくだらないものだと言われている。

 もしこれがプレイヤーの仕業でなければ、運営にかなりの批判が殺到したことだろう。


「前々から支援を惜しまなくて助かりましたね」


 シグレの言葉に今頃自分のしでかした事態を自覚したのだろう。

 引きつり気味にテルミの口が半開きになった。

 そう、サクヤを鍛えさせるという話なのだが、他から見ればバリルという厄介ごとを押し付けてきたと捉えられてもおかしくない。

 もしくはバリルに攻め落とされ配下となってしまった堕ちた聖国か。

 そっと目線を外し、小さく「まずったかな」と一言。

 その後も淡々と問題点を指摘し続けるシグレ。

 テルミは目を回しつつ、妙案を思いついたとばかりに指を鳴らす。

 その前にヤーティが疑問を投げかけた。


「じゃあなんでバリルと手を組もうってんだ。メリットがねぇだろ」

「ありますよ」


 シグレからまさかの返しだった。

 立つのが面倒くさくなったのだろうか、ヤーティは「どういうことだよ」と地べたに座る。


「他と比べて比較的にまともな【黄泉の巫女】がバックにつく。偽六魔への対抗手段としてこれ以上無くうってつけの存在はいないでしょう。考え方によっては敵対しないとも取れます」


 バリルは大抵、力の保持や舐められないよう威厳を保つためという名目で国を破壊することが多い。

 そして破壊された多くの国のほとんどが、相対中にバリルに【メスガキ】という言葉を使っているのが判明している。

 禁句さえ言わなければプレイヤーだけがこっぴどく殲滅されるだけで済む場合が多い。

 故にまとも。

 話によればやりすぎてしまった国の復興を影ながら手伝ってくれるとも囁かれている。

 一度シグレは黙祷するかのように目を閉じる。

 数秒して、再び瞼と口を開ける。


「ただ過去幾度となく国を潰してきた輩を、ヤーティ、あなたは信頼できますか?」


 六魔王は文字通り【厄災】なのである。

 いうなれば通り雨感覚で核弾頭が振ってくるようなもの。

 予告もなくいきなり現れては、その日の気分で国どころか地形すら一時的に変えてしまう。

 そこに宣戦布告なるものは存在しない。

 やられてばかりはムカつくと、多くの名のある実力者が国中から集まり、束でかかったこともある。

 しかし結果はどれも惨敗。

 六魔王の討伐に成功した事例は過去三度のみ。

 それも武勇を上げたプレイヤー100人以上総出による命がけの捨て身の特攻作戦だ。

 世界が現実となった今、到底できる作戦ではない。

 そもそもその作戦を行ったうえで、バリルは討伐数0。

 過去一度としてバリルを倒せたという実績がないのだ。


 もしもサクヤが所属していなければ。ヤーティは体を抱いて身振りする。


「いやーうん。そこはあたしも腹をくくる。いっても戦いの意思がなければ、それ相応の大人の対応を相手がするかもだし」


 プレイヤーたちに戦争を起こす気などサラサラない。

 六魔王だって元は同じプレイヤーだ。

 ならゲーム時代ほど暴れはしないだろう。

 その考え方自体が、最も六魔王という存在の理解から遠いのだと知らずに。

 テルミは自信なさげに「多分……」と声を小さくしていった。


「六魔王、戦力以外で疫病神じゃないですか……」


 シグレが嘆息する。

 戦力以外では疫病神。

 その最もたる由縁として、偽六魔に関して今でもプレイヤー間で語り継がれる共通の認識があった。

 本物の六魔王を思い出せ、奴らの方が百万倍脅威だ、と。

 ヤーティもようやく察したようだ。


「俺だったらまず信用しねぇよな」

「そこはサクッチの腕に期待。うん。それにさ――裏切られたらバリキチを滅しちゃえばいいんだよ」


 シグレが驚きの表情で目を見開く。

 長年の経験からテルミが本気でバリルを倒せると言っているのを見抜いたからだ。

 それはヤーティも同様だった。

 テルミは二人の反応を楽しみつつ、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「バリキチって来たばっかじゃん? 今ならあたしらでも簡単に摘み取れるぜ」

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