食事

修羅に落ちた格闘家の如く風貌。

瞳が血走る。

黄みがかった黒髪は風もなく揺れていた。

戦いを求めるかのように男、アクルは鉄拳を打ち鳴らす。


死してなお現世にてその猛威を振るい、やがておれに敗れて式神となった存在だ。


しっかしかっけぇな!

現実になった影響からかすっげぇ魔王の手下感溢れている!

やべぇマジかっけぇ!

二メートルは優に超えていそうだよな。

そんな風に興奮していたら、背後からおれの頭を何か強い力で掴まれた。


「……あのさ。ここ聖力の聖地なんだけど。つか私の家だし。死した犬呼び出すとかどういう神経しんけーしたらそうなんのか教えてよ」


まずい。

 楽しすぎて完全に忘れていた。

 どう言い訳すれば。

凍てつく視線。

 拳を構える妹。

 うん、これはダメだな。

 土下座したらワンチャン。

反対にアクルはなんか辺りをキョロキョロ見渡している。

 そして当然というべきか、視線は最後に妹へ止まった。


「いや、ただ荷物持ちとして行かせようと」

「あーあ、よくまぁこんな雑魚呼び出してくれて。何? 頭アンデッドなの?」


雑魚て。

 頭アンデッドて。

 というか話し聞いて。

こいつ非道な行為に手を染めた奴だからそういうことを言うと。


「あっぶな! なんでおれ!?」


 アクルの矛先が向かったのは、妹でなくおれ。

 まっ、妹に向かわないならいいか。

 おれは適当にアクルの甲をはたく。


「いやすまない。ホント、また違う戦場でよろ――ッ!」


やばっ……一発で意識が刈り取られる。

 腹に拳がめり込んでいる。

 詰まるように呼吸がままならない。

 体中に行き渡る痛みで全身の筋肉から力が抜ける。

ただ、一言、不意打ちとは卑怯なり。

 拳のつっかえが無くなる。

 抵抗を失ったおれは、妹に頭を掴まれる形で宙ぶらりんになる。

 瞼が重い。

 ブレる視界、足元に広がる闇に沈み込む形で、アクルがその場から姿を消し

ていく。

 どこかに行ったのではない。

 単純に還っただけ。

 あっまずい。

 痛みは無くなってきたけどなんか体がフワフワする。

 感覚が無くなっていく。


「犬のしつけもできないのかよ」


最後に聞こえたのは妹の嘲るような、それでいて若干楽しそうな声だった。


  *  *  *


あいつはドS か!?

 死んだおれを置いてひとりで買い出しに行きやがった!

 しかも出て行く際妙に小刻みに震えていやがったし!

 あれ絶対大爆笑してたよな。

 ほんとアンデッドに対して容赦なしだな。

 その逸話に偽り無しってか。


 結果的に取り残されたおれは、ソファーでいわくつきの品々を眺めていた。

 掛けられた呪いを見て頷いては、気づいたことをメモしていく。

 そうして解析し終わった後、使えるものはそのまま残す。

 使えないものは適当に倉庫に押し込めて終わりっと。


 根拠なき神秘は存在せず。

 呪いの構造を理解する。

 事象には必ず、理由とそこに基づく根拠がある。

 それさえ分かればおれの糧となるから。

 なんて語っているが、実際はただの良い呪いがないかの厳選作業である。

 出るときには出るのに、出ない時はトコトン出ない。

 一日かけても出ない。


 十個目の呪品を倉庫に押し込んだ。

 まだ半分以上見える呪品から目を逸らし、上を向いて一息つく。


 しっかしほんと【 生活続命之法しようかつぞくみょうのほう 】を覚えておいてよかったわ。

 蘇生これがなかったら間違いなく死んでいた。

多分妹、この呪術を知っていたから助けなかったんだろうな。

 ゲーム時代で発動したのは一回きりだったのに。

 おおむね、妹の目には自分の呼び出した式神に殺された間抜けにしか映っていなかったことだろうよ。

 訂正、そりゃ笑うわ。

 堪えてくれただけ温情。


 袖を巻くっておれは再び作業に戻る。

 その途中、「ただいま」を言うこともなく帰ってきた妹は、食材の入っているであろうバッグを台所に置いた。

 それからすぐに水音や刃物で野菜を裂く音が聞こえてくる。

 料理に関しておれは当たり前のように戦力外通告。

 それは妹も分かっている。

 分かっているだろうから、おれは全て任せて呪品を解析していた。

 ……そう解析していたがゆえ、熱中してしまったがゆえに気づかなかった。

 妹が何を作っているかなど……。


「なぁ妹よ」


案の定無視。

 こちらの妹様は気にもせずに口にご飯を運んでいる。


「なんでガーリックチャーハンなんだ」


目の前に広がる白い湯気。

 空気を吸い込むと一緒になって湯気が鼻に入り込んでくる。

うん。確かに転移前は大丈夫だったよ。

 ニンニクって良いよなうん。

 ギョーザとか好きだし。

 体に悪そうな感じだけど、臭いを気にせずつい手を伸ばしちゃうよな。

けどさ、


「いま吸血鬼なんだよ、おれ」


さっきからこの湯気とんでもない強烈な臭いを放ってくるんだが!?

待って、鼻がっ!

 鼻が捥げるッ!

  鼻を摘まんでも止まらない臭さッ!

 目も涙が止まらないッ!

 瞼を開くのも難しいくらい!

 満足に息できない!

 喉詰まる!

 なんだよこれ! マジでさ! ただの拷問なんだが!?

しかもそのくせ、妹の料理からニンニク臭しないし。

 なんか普通にすまし顔で食っているし!


「はぁ? そんなの勝手じゃん。そのまま消滅すれば?」

「いや、いただく。妹の料理だから。絶対に食べる。だけど」


問題はそこじゃない。

 そう、そこじゃないんだ。

 忍辱はまだ耐えられる。

 うん。まだ耐えられるんだ。

 そう、嗅覚の問題はまだ大丈夫。

 真の問題は……チャーハンの隣にある奴。


「なにゆえ……銀食器なんですか……妹さん」


こっちは無理。もうマジ無理。

 もうね、目を向けるだけで本能がざわつく。

 全身の鳥肌が立つのと、背中を洪水レベルの冷や汗が伝う。

 めっちゃ触りたくない。

 進化って何も強化だけされるわけじゃない。

 元々の弱点がより弱点になることもある。  

 ……昼ご飯が吸血鬼絶対滅殺メニュー。

 諸行無常の響きあり。


「重役は毒を盛られっから」

「誰が毒だ。お前アレルギー持ちに同じことすんのかよ」

「銀食器怖いって言ってたから」

「饅頭怖いじゃねぇよ!」


 妹がため息混じりに席を立つ。

 今度は銀じゃないスプーンを手に取り、ちょっ投げんな!

 やばい。

 うちの妹超こえぇぇ。

 普段から殺意が高すぎる。

 昔は可愛かったのに。

 流石に理不尽すぎやしませんか。

 ……さてと。


 視線を落とせば、湯気に混じるむせかえるほどのニンニク臭。

 わずかに残っていた熱も失われていく。


  おれは自分の両頬をバチンッ! と叩く。

 妹の料理を食べずして何が兄だ!

 震えて動こうとしない手首を無理やり押さえつける。

 転生前なら絶対美味しかったである料理を前に、おれは意を決してスプーンを入れた。

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