禁句

 クロステイルの検問を抜け、すぐ右手方面にある木造の駐在所……でいいのか?

 扉を開くと、六畳ほどの広さはある部屋に二人の兵士が滞在していた。

 おれを押さえつける兵士を見ると、二人はすぐに敬礼の構えを取る。


 二人は鎧の隙間からおれを覗き、「……あなたともあろうものが!」っ的な言葉を、兵士の人に投げかけている。

 ……そういえばおれ、現在バリルだったな。

 見た目的には小四、小五の少女と変わらないもん……な……。


 考えてみればこの兵士、あの変な警報が誤作動である可能性を視野に入れることなく、おれを捕らえたのか?  

 それも叩きつけるように槍で乱暴に。

 それって許されるのか? 

 一歩間違えれば逆に犯罪者じゃね?


「警報を聞いただろう。気持ちはわかるが」


 なんて、聞き耳を持たずおれを捕らえている兵士の人は、部屋の奥に見える金属製の扉を片手で開けた。その先に広がるのは石作の階段。

 左右に設置されている灯りによって照らされる様は、まるで地獄への入り口といったところだろうか。


「ジキルを呼んでこい!」


 兵士の人は叫ぶようにして二人に命令する。二人の兵士はその命令に直立の敬礼で持って返すと、駐在所から出て行った。

 兵士の人は、踵を返しておれを階段の下に連れて行く。

 コツコツと歩く音が追従して響き渡る。


 本来ならうす暗いんだろうけど、バリルは暗視を持っている。

 物凄いバッチリ見える。

 下に降りた先に合った扉を開くとそこは、尋問室のような場所だった。


 ひび割れた石レンガで作られた壁と絨毯。

 中央に二人分の机と椅子。

 光源と呼べるのは、天井から吊るされた剥き出しの電球ひとつのみ。

 必要以上な物を置かないこの部屋は、非常に殺風景といえた。

 そんで意外と埃臭くはない。

 陰湿な空気も濃く……地味に心地良い。

【土】の気質が強いからだろうな。

 おれは拳をぐっと握る。


 何かさっきから面白いな。

 嗅覚に触角、視覚に感覚。

 感じ方がもう人間じゃない。

 完全にバリル。

 精神と思考と記憶。

 それらをまんま移植した感じの。VR って面白いな……なんて。

 おれは椅子に座らされた。

 反対側にはさっきの兵士。

 それからドア付近にもうひとり、なんかの紋章が刻まれた牧師っぽい見た目の男性、ジキルと呼ばれていた男が入ってくる。


 あの如何にも何かの役職を持っていそうな服装、恐らく秘術使いか。

 秘術はその力に見合った服装をする奴が多いからな。


「何を企んでいる」


 険しさ全開で兵士の人が聞いてくる。

 なのでおれも馬鹿正直に返す。


「不死王殺しのサクヤに会いに」

「なっ」


 予想外の回答だったのか、兵士の人は素っ頓狂な声を出していた。

 聖滅拳サクヤ。

 またの名を不死王殺し。

 ここクロステイルにある城、エクスオラシオンに仕える、十二人いる導き手のひとり。

 聖なる力を拳に宿し、一度ひとたび振るえばその余波だけで不死が天に還ると伝えられている。

 端的に言えば、おれのリアル妹が操作する女性キャラだ。

 絶賛反抗期中。

 兵士が沈黙を数秒保つ。

 机を叩いて再起動を果たした兵士は、食い気味に「サクヤ様だと?」と聞き返してきた。


「今この国にいますか?」

「……何をするつもりだ」

「ちょっと伝えることがあるだけ」

「なんだと?」


 あれ、案外話通じる?

 正直来てもらいたいんだけどな。

 重役についている身だからアンタらの悪行が随一耳に入ってきてウザい。

 国潰す以上の変なことする気だったら私に報告してからしろって妹に言われているから。


 もう国潰すのに一切の疑問すら湧いていない状態だったよな、あれ。

 なぜ目の敵にされるのか。


「宣戦布告のつもりか!」

「そんな律儀そうに見えます?」


 激昂寸前の兵士の人に、おれはお道化た調子で返す。

 この人、頭に血が上りやすいタイプだな。

 実際、ジキルと呼ばれた男が兵士の人を宥めにかかっている。

 兵士の人は舌打ちをひとつ。


「最近お前みたいなメスガキが――」


 おい、今なんて言ったこいつ。

 腕組みして偉そうな態度をとる兵士目がけて、おれは机すら吹っ飛ばして掴みかかる!


「おい、誰が……何だって?」


 おれの手を当てている面から、銀鎧に亀裂が生じて行く。

 ヘルムの中で、兵士の人が何かをガチガチと言わせている音が聞こえてくる。

 銀の破邪作用が働いているのだろう。

 銀に触れているおれの手から焼き音共に、黒煙が立ち昇っていく。

 だがこんなものが苦にならない程、おれはこいつを許せない。

 ヘルムのその先にある顔目がけて、おれはガンを飛ばしていた。

 許さない。

 おれのバリルにその言葉を吐いたやつは絶対に。

 例え魂になろうとも。

 全てを呪いで包み込む。

 おれは各種、五行の属性が入った金以外の呪符を作成。

 何にも言わない兵士の人に、気迫を込めて押し付ける。


「言葉の意味を考えろ。その言葉は、お前が思っている以上に重く人を傷つけるものだ」


 ヘルムから見える兵士の目は、恐怖で歪んでいるように見えた。

 謝ることも無く無反応。

 ならその鎧に、未来永劫反省したくなる呪いを――


「ジキルゥゥゥ! サクヤ様をお連れしてくれぇぇぇ!」


 兵士の人が絶叫混じりの命令を叫んだ。

 さっきまで震えて言葉もなく事の顛末を見守っていたジキルが、慌ただしく扉裏の階段を登って行った。

 過呼吸気味に兵士の人が言う。


「こ、これで、い、いいんだろ」

「……お前はどうやら余程呪われたいらしい」


 妹を呼びに行ったのはいい。

 それが目的だから。

 だけどこいつはそれで許されようとしている。

 相手の条件を飲むという行為だけで。

 そんな許しを請う姿勢があっていいか。

 いや、ない。


「【白兎の嘘】」


 おれは紫色の霧のようにも見える瘴気を指に集中させた。

 人差し指を口元に立てる形で兵士の人に呪いを掛ける。

 分かりやすく兵士の人のヘルムがのろのろと下を向く。

 小刻みに震えることもなく、「うわぁ……ああぁ」なんて途切れ途切れの高く引き絞られた声を上げている。


「あああ!! 何だよこれ!! なんで体が!」

「うるさいな」


 未だ発狂している兵士の人に【風符】を投げ捨ておれは踵を返した。

 広がっていた景色に、おれは少し目を見開いた。

 部屋に何も残っていなかったからだ。

 天井から吊り下げられていたはずの電球は砕け散り、机と椅子に至っては木片すら残らず消し飛んでいた。


 不死王や、空龍ですら蝕むほどの濃密な瘴気が部屋中に漂う。

 その様相は既に強い程度の人間が入り込める領域ではなかった。

 これ全て、バリルから放たれた物だ。

 バリルの呪いが、部屋をこんな惨状にさせたのだ。

 ちなみに運が良い事に兵士の人は無事だ。

 流石に命を奪うのはまずい。

 なので先ほど放った【風符】で竜巻を作り、兵士の人が瘴気を触れないようにしている。

 どのみち【白兎の嘘】だったら特にケアなど必要ないだろう。

 相手に簡単な催眠を掛ける呪術だから。


「これは……」


 扉が開いてジキルが顔を覗かせる。

 この部屋の惨状に絶句した様子で体を震わせ、されど無理やり手首を掴んですぐに扉を閉めていった。

 良い判断だな。


「さて、ステータスはっと」


 待っている間も暇なので、おれは壁に背を預ける。

 肩に当たるほど長くなった髪を手でいじりながら神彩の宝玉に触れる。

 こんな感じで動かしていたよなぁと記憶を辿りながら、空中に浮かんだウィンドウを操作する。


 龍よりも高い攻撃、吸血鬼の知力、そして目にも映らない速度。

 対してゴブリンよりもさらに低い防御。

 極端なんてレベルじゃない。いつも通りのステータスだ。


 後適当に操作していっても、手に入った物を片っ端から詰め込んだ倉庫とバリルの姿が映し出された姿見しか見当たらない。

 案の定というべきか、ログアウトは見当たらない。

 人の話し方や超越者の存在、さらには五感があったから何となく気付いていた。

 どうやら今のおれは、割と本気でバリルに精神と思考と記憶だけがまんま移植された状態らしい。


 ……これ、妹はどうなっているんだ?

 まさか妹のキャラだけがいるとかじゃないよな?

 話を聞こうにも兵士の人は竜巻のおかげで外部から完全にシャットアウトされた状態。

 解除もできないと。

 待てよ、少なくとも今は現実――


 突然、出入り口が大きく叩きつけるかのように開かれた。

 コツコツと足音を響かせて現れたのは、煌めく白銀の髪を持つ月華のような女性だった。

 静寂を意味するつきいろに輝く、村娘風の格闘家といった出で立ち。

 肩辺りとか妙に露出が多くて、健康的な肌色が顔を出している。

 手には銀色のグローブを装着しており、緑色の宝玉がはめ込まれている。

 なぜかめっちゃ嫌な気配がするからかおれの全身が逆立ちそうだ。

 女性は瘴気に塗れ跡形もなくなった部屋の惨状に顔を歪ませ、右手に聖力を込めて正拳突きを繰り出した。

 ビュンという一瞬の風切り音と共に、部屋一帯に浄化の風が荒れ狂う。

 しかしすぐに女性は目を少し見開いた。


「まさか……」


 瘴気が完全に祓いきれていなかったからだ。

 多分、不死の王ですら掠っただけで消滅する一撃なのにとか考えているんだろうな。

 至って冷静に、女性は何も言わず音高く両手を鳴らす。

 すると浄化の光が部屋一帯を包み込んでいき、やがて僅かに残った瘴気すら完璧に晴らしきっていた。

 呪符やさっきの呪いまで一緒に浄化か。

 手間が省けてよかったよかった。


「大丈夫ですか?」


 女性は蹲っている兵士の人に肩を貸すと、扉の向こう側にいるジキルに預けて戻ってくる。


「よっ、いもう――」

「消滅しろこのクソガキィィ!!」


 不死王殺しのサクヤ。

 女性こと妹は、全身から煮えたぎるような聖力を拳に込めて、全力で振りかぶってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る