第6話

 ピアノの女の子は、すごいピアノの才能に恵まれていた。

 だから周りの期待を背負って、毎日毎日、練習をしていたらしい。

 それこそ、家でだけじゃなくて、学校でも。

 だけど不幸な事故にあって、発表会を迎えることなく亡くなってしまった……。

 しかもそのときの事故で、手はひどいケガを負っていた……。

 好きで始めたピアノなのに、厳しい先生や期待している家族からずっと弾くことを強いられて、それがつらくて苦しくて。

 それで、弾きたいのに弾きたくない。やめたいのにやめられない。

 そんなぐるぐるとした負の感情が強くなってしまったんだそうだ。

 ぼくらに気づいてから豹変ひょうへんしたのも、「聴きたがっている奴がいるから、その期待に応えるために弾かなきゃいけない」っていう思いが爆発した結果らしい。

 ……っていうのは、ぼくらの話を聞いてから茜くんが調べてくれたことなんだけどね。



「きちんとやり遂げられたようで良かったよ」


 ぼくのおそうじクラブ初活動の翌日。

 ――昨日は夜も遅かったから、ぼくらは早々に解散しなきゃいけなかったんだよね。

 それで簡単な報告だけして、ちゃんと整理するのは次の日……つまり今日になったのだ。


 ぼくらの報告を聞いて、話をまとめた茜くんは、「おつかれさま」とほほえんだ。

 ぼくはホッと息をもらす。

 良かった。一時はどうなることかと思ったけどさ。

 それに茜くんたちの方も無事そうで何よりだ。

 まあ、茜くんなら、何の心配もいらないのかもしれないけど。

 案の定、横の藍里さんは涼しげな顔をしてるし。


「それがさ、茜! 聞いてくれよ!」

「わ! こ、琥珀くん」

「若葉と桃香ががんばったおかげで、すげーの! お札なしでキレイにしたんだぜ!」


 僕の肩に腕を回した琥珀くんは、ぐいっ。

 ぼくを思い切り引き寄せる。

 相変わらずさわやかな香りがする……。今日は柑橘系だな。


「やっぱ見えるって強いのな!」

「ふふ。そうだろう」


 琥珀くんは鼻息荒く、自由な方の腕をぶんぶん振り回す。

 一方、なぜかドヤ顔でうなずく茜くん。

 えーと。

 昨日から少しだけ思っていたけど、態度がずいぶん変わったような……?


「あのね」


 後ろの方から声をかけてきたのは、桃香ちゃんだ。

 琥珀くんは茜くんと話すのに夢中で気づいてない。

 それにクスリと笑った桃香ちゃんが続けてくる。


「あかねくんが言うには、こはくくんは縄張り意識が強いんだって」

「……へ?」

「みんな幽霊と関わってるから……人と少しちがったりもするでしょ。特にわたしはこんなだし……あいりちゃんは幼なじみだし。だからかな。わたしたちがバカにされないように……ほかの人と幽霊の話をするときは、こはくくん、ピリピリすることも多くて」


 たしかに。

 ぼくがおそうじクラブの部屋に入ったときから、琥珀くんはピリピリしていた。

 明るくて人なつっこい、なんて評判とはまったくちがったから、ちょっと怖かったくらいだ。

 それは、ぼくを見定めようとしていたから?

 いきなり割り込んできたぼくが、敵か味方か、わからなかったから?

 だから警戒していたってこと?

 つまり……今は、仲間だって受け入れられたってことなのかな……?


「な、若葉!」

「ひ、ひゃいっ」

「何だその反応。聞いてなかったのかよー」

「ご、ごめん、ちょっと考えごとしてて……」

「いいけど」


 あっさり許してくれた琥珀くんは、ぐりぐりとぼくの頭をなで回した。

 うわ。頭が揺れる。ぐらぐらだ。

 でも痛くはない。


「そんじゃ改めて。これからもよろしくな!」


 そう言う琥珀くんの笑顔は、まぶしいくらいで。

 ぼくは思わず目を細めた。

 ……ほんとは、やっぱり怖いけど。

 ぼくにできることなんて、あまりないと思うけど。

 でも……。


『今までは声が聞こえてイヤなことばかりだったけど、役に立てて、すごくうれしい。それに……ひとりじゃなくて、仲間ができたみたいで、やっぱりうれしかったの』


 ……今なら、桃香ちゃんが言ってた気持ちがわかる気がするから。


「……うん!」


 茜くんは、やっぱり大人びた感じでほほえんで。

 桃香ちゃんはにこにこと楽しそうで。

 少し離れたところにいる藍里さんが、ため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る