第39話


「あ、咲耶お姉ちゃんおはよう!」

「双葉ちゃんおはよう〜」


 翌日、外は相変わらずの真夏日で、天高くから降り注ぐお天道様が私の体力をじりじりと奪っているような気がしていた。

 大量の汗をかきながら、スタジオのある国分寺宅にたどり着くと、双葉ちゃんが出迎えてくれた。

 黄色のTシャツに紺のハーフパンツと子供らしい服装だった。


「あれ、蒼介おにいちゃんは?」

「朝からバイトに行ってるよ」


 昨日はたまたま休みだったので、機材の持ち運びやセットアップをしてもらっていた。

 流石に2日以上休むのは気が引けるということで今日は朝早くからバイクで神崎モータースに向かっていった。

 バイトが終わったらこっちに来るみたいだけど。

 

「双葉ちゃんは1人?」

「うん! お母さんはお仕事でおじいちゃんとおばあちゃんは、いつの間にかいなかった!」


 こんな小さな子を1人で留守番をさせるとは不用心だなと思ってしまっていた。

 ってよく考えたら私もよく1人で留守番していたことを思い出していた。

 ……蒼にぃも一緒だったけど。


 国分寺宅に入るとすぐに地下のスタジオに向かい、蒼にぃがパパから借りた配信用のパソコンの立ち上げと機材のセットをしていく。

 一応昨日のうちに、軽くテストをして壊れていないのは確認済み。


 喉をならすためにまずは簡単なストレッチから。

 その後に、腹式呼吸をするためにお腹に手をあてる。


「咲耶お姉ちゃん、お腹痛いの?」


 私の行動を一部始終みていた双葉ちゃんが首を傾げていた。


「これはね、歌う前の準備運動だよ」

「そうなんだ! どうやるの?」

「それじゃ、一度やってみようか?」


 よほど、楽しいのかスタジオ内に元気な声が響き渡っていた。

 私の隣に立ち、同じように自分のお腹に手をあてる。


「それじゃいくよ、まずは鼻から大きく息を吸い込んでー」

「すぅぅぅぅぅ」

「お腹が大きくなったら、息を止める」

「ん!」

「吸い込んだ息がお腹中に広がっていく感じをイメージしてー」


 そう言ったものの、双葉ちゃんには意味が通じなかったようで息を止めたまま、困った表情を浮かべていた。


「ゆっくりと口から息を吐いてー」

「ぷはぁ!」


 ゆっくりではなく勢いに任せて吸った息を吐き出していった。

 ……流石にこの子には難しかったかな。

 

「次は咲耶お姉ちゃんも一緒にやろうよ!」


 どうやら難しいとは思っておらず、むしろ楽しめたようで、私にもやるように促してきた。


「わかった、それじゃいくよー」


 10セットほど行ったところで、腹式呼吸は完了。

 

 自前のヘッドフォンをセットをつけて、ポップガードとマイクの位置を調整してから声をだしていく。

 何回かヒトカラに行って、声をだしていたためか、喉の引っ掛かりなどは感じられなかった。


「これならガンガン歌っても大丈夫そう!」


 パソコンの音楽再生ソフトから歌いたい曲をリスト化して再生していった。



「つ、つかれたぁぁぁぁ!」


 リスト化したものを全て歌い切ると、疲れと喉の渇きが一気に押し寄せてきた。

 パイプ椅子に腰掛けるとここに来る途中買ってきたリンゴ成分たっぷりのジュースを開ける。

 周りに音が聞こえるのではないかと思えるぐらいゴクゴクと勢いよく飲んでいった。


「すごい、ずっと歌ってたね……」


 目の前で双葉ちゃんが輝きそうな目で私をみていた。


「ね、自分でもビックリしたよ」


 途中で休憩を挟むこと前提でリストには大量に楽曲をセットしたのだが、気がつけば全曲歌い切っていた。

 疲れ切ってしまったので水分補給をしながら、体を休めることにした。

 それにパソコンの画面の時計を見ると、お昼を過ぎていたのでちょうどいいんだけど。

 

「双葉ちゃん、お昼にしようか!」

「うん、そうだ! 昨日おばあちゃんが買ってきたパンがあるから一緒に食べようよ!」

 

 そう言って双葉ちゃんは私の手を取ると引きづられるように上の階へと向かっていった。



「うーん……なんかこの曲、1人で歌っても微妙な感じがする」


 昼食と休憩をしてから、配信の時に歌う曲リストを作成しながら、午前に引き続き歌っていたのはいいが

 いくつかの曲に関して、歌っても自分の中で腑に落ちないものがあった。


「本当は複数人で歌うものだし、仕方ないのかもしれないけど……」


 パソコンのメモ帳ソフトにて、該当の曲名に合わせてキーボードのデリートキーを押していく。


「うーん……そうなると、歌える曲が限られてきちゃうなあ」


 実家で配信をしていた時は、海外に住んでいたため、よく聞いていたのが洋楽とか聖歌隊に所属していた時の讃美歌が中心だった。

 ただ、日本に来てからテレビや動画サイトなどで、J-POPやアニソンを聴く機会が増え、歌えるものもあるので是非、歌ってみようと思ったのだが、

 自分が選ぶものはアイドルユニットなど、2人で歌うものが多いことに気づいてしまう。

 

「うわあ……歌う曲がほとんどなくなった」


 次々と消していった結果、メモ帳ソフトに表示されて楽曲名がわずかとなってしまった。

 どうしようかと頭を抱えそうになっていた時にふと、後ろから私のスマホにイヤホンを接続して口ずさんでいる双葉ちゃんの姿が見えた。


「……双葉ちゃん、その曲知ってるの?」


 私が声をかけるとイヤホンを両耳から外して私の顔をみていた。


「うん! テレビでもよく聴くし、よくおじいちゃんと一緒に歌ってるよ!」


 その瞬間、オーナーさんが歌っている姿を想像しようとするも、私の乏しい想像力では再現するのは無理だった。


「……あのさ、双葉ちゃん?」

「どうしたの?」

「よかったら、お姉ちゃんの動画配信で一緒に歌ってみない?」

 

 さっきこの子が口ずさんでいた曲は、先ほどリストから削除した曲だった。

 

「いいの!?」


 双葉ちゃんは大声をあげて私の方へ近づいてきた。


「うん、双葉ちゃんが嫌じゃなければ——」

「やるやる! 動画配信にでれるなんて夢見たい!」


 双葉ちゃんは両手をあげながらぴょんぴょんとジャンプして喜んでいた。

 

「それじゃ、お姉ちゃんと一緒に歌の練習をしていこうか!」

「うん!」


 予備のヘッドフォンと小型のマイクを双葉ちゃんにセットして、一緒に歌う楽曲を再生していく。

 最初はどうなるかと心配したけど、オーナーさんと一緒に歌っていたためか、はっきりと力強い声がでていた。

 私もそれに負けられないと感じながら必死に彼女に合わせながら歌っていった。


「お疲れ」

「おつかれ〜」


 何度目かのリハーサルを終えると拍手の音がスタジオ内に響いていた。

 音がした方をみると入り口には蒼にぃが立っており、拍手していた。


「あれ……もうバイト終わったの?」

「もうって、いつも通りの時間だけどな」


 蒼にぃに言われて、パソコンの時計を見るとすっかり夜の時間になっていた。

 2人で歌うことに夢中になって時間を忘れていたみたい。


「蒼介おにいちゃん! わたしも一緒に歌うことにしたの!」


 そう言って蒼にぃの体に抱きつく双葉ちゃん。

 蒼にぃも何も抵抗することなく受け入れていた。

 ……ってか後で私もしたい!


「え? いいのか?」


 驚きの声をあげながら私を見る蒼にぃ。


「うん、一緒に歌ってたら楽しくなっちゃって」


 上手っていうのもあるけど……。

 何て言うか一緒に歌うのが初めてじゃないかもと思えるぐらい息が合っていた。

 

「まあ、咲耶がそう言うなら俺はいいけどな」

「わたしも、がんばるからね!」

「そっか、俺も頑張らないとな!」


 蒼にぃは双葉ちゃんの頭を撫でていた。

 それをみた私は、自分でも気づかないうちに彼の元に近づき……


「……どうした?」


 蒼にぃの前に頭を下げていた。


「……私も頑張るから頭撫でて」


 彼から返ってきたのはため息のみだった……。


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もお楽しみに!


次回はついに……!

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