第12話


「もしかして、咲耶……おまえが398なのか?」


 俺はドアで立ち止まる咲耶の姿を見る。


「もしかして、蒼にぃ……聞いてた?」


 咲耶は落ち着いた表情で俺をみていた。


「まあ……うん」


 咲耶の顔をみているとものすごい罪悪感に苛まれるような気がした。


「そっかぁ……」


 咲耶は色々と諦めたような顔をする。


「……やっぱり咲耶が」

「蒼にぃ」


 俺の言葉を遮るように咲耶は俺の名前を呼ぶ。


「続きは中でいい? ちょっと狭いけど……」


 そう言って咲耶は部屋のドアを開ける。

 先ほどよりも2階も人が増えてきたしな……それにあまり大声で言えることでもないし。


「わかったよ……」


 そう言って俺は咲耶が開けたドアの中に入っていった。



 部屋の中はヒトカラ専用ってこともあってかとてつもなく狭い。

 

 中には1人ならゆったりと座れる横長の硬めのソファと目の前にはカラオケ聞きとマイクが置かれていた。

 また、コップなどが置ける小さめのテーブルもあった。


 咲耶が少し小柄なので何とか2人入ることができた。

 そして、横並びで座ったのはいいが俺の膝と咲耶の膝がピッタリとくっついてしまっている。

 

「狭くないか?」

「うん、大丈夫だよ!」


 即座に返事をする咲耶、何故か顔が嬉しそうに見えるのは気のせいか?


「どこから話そうか?」


 咲耶はコップをテーブルの上にゆっくり置くと俺の顔を見る。

 

「……本当に398はおまえなのか?」

「うん、そうだよ」


 改めて聞くと咲耶は隠す様子もなくはっきりと答える。


「もしかして、幻滅した? 蒼にぃの好きな歌い手がこんな私で……」

「いや……単に驚いただけだ」

「ならよかった!」


 咲耶はニコニコと嬉しそうな顔をしてドリンクバーから持ってきたイチゴオレに口をつけていた。


「にしても何で動画配信なんて始めたんだ?」

「うーん、それなりに長くなるけどいい?」

「いいよ」


 どうせ部屋に戻ってもすることないし、ってか翔太のやつ俺が部屋をでたことすら気づいてなさそうだしな。


「前に話したけど、実家のほうの教会で聖歌隊に入ってたの」

「そういえば母さんの墓の前で歌っていたな」

「うん!」


 たしかレクイエムだっけか。あの後調べたら鎮魂歌。亡くなった人の魂を鎮める歌だったようだ。


「入っていたのがジュニア向けで12歳で卒業しなきゃいけないんだ」

「なんか小学校みたいだな……」


 俺の呟きに咲耶は「だね!」と笑顔で答えていた。


「歌うのがすごく好きだったから聖歌隊にも入ったんだけどね、それが終わっちゃってポッカリと穴が空いたようになっちゃったんだ」

「一緒にいた時もよく歌っていたな、アニメとか保育園で教わった歌を」


 そういえば、俺が小学校のクラスメイトで作ったを家でも歌ってたら一緒になって歌ってたな。

 内容がヒドいものだから母親に怒られてたな……。

 今となってはいい思い出だけど。


「そんな時に、たまたま動画配信サイトで歌い手さんの動画をみつけて興味をもったんだよ」


 動画に様々な応援コメントが書き込まれているのを見て、やってみようと思ったらしい。

 父親に話をしたところ、彼女の部屋の荷解きの時にみつけた機材をすぐに買ってきたらしい。


 それから自分の知っている歌を配信してみたのはいいが、最初はあまりウケがよくなかったようだ。


「それからはずっと何が行けないんだろうと考えてたよ」


 咲耶は腕を組んで悩む姿勢を見せる。


「それでどうしたんだ?」

「歌うってなんだろうって考えたの」

「……何て言うかものすごく哲学的だな」

「元々『歌』って訴えるところから始まったんだって」


 前に古典の授業で教師が話していたな。

 歌は『訴う』から来ているとかで、神や死者の霊に対して訴えかける意味があるみたいだ。


「昔の和歌って恋心を綴ったものがいくつかあるでしょ?」

「そうだな……」


 そう答えるが、すぐに例を挙げれるかと言われたら何もでない。

 中学の時に百人一首大会があったが、意味などわからずとりあえず内容を丸暗記してだけだ。


「和歌の恋の歌って片思いの気持ちを歌にしたものが結構あってね……」


 そこから咲耶は和歌の切なさについて得た知識を思う存分話していった。


「だから、私も自分のこの思いを歌で表現しようと思ったの!」


 ……ようやく結論らしきものを話し出す。


「それでどうしたんだ?」

「蒼にぃは私が最初に人気がでた曲って何だか覚えてる?」

「それってたしか……」


 自分が覚えてる限りは今でも日本や海外で活躍する女性シンガソングライターの曲じゃなかったか。

 たしか、大人気映画の主題歌にもなっていたはずだ。


「うん! さすが蒼にぃだね!」


 咲耶は俺の目の前で拍手をしていた。


「あの曲、主題歌になった映画の主人公の気持ちを歌にしたものだったんだよ」


 それは歌番組とかで聞いたことがあるような気がした。


「だから私も歌にあの時の自分の気持ちをおもいっきり詰め込んで歌ったんだよ!」


 その後咲耶は歌った後、ものすごいコメントがすごい来たんだよ!と興奮気味に話していた。


「咲耶、近い!近い!」


 俺は咲耶の目の前で両手をだし抑えるようにするが、それでも咲耶は俺の方に体を寄せてくる。


「ねぇ、蒼にぃあの時、私がどんな気持ちで歌ったか知ってる?」

 

 咲耶は一心に俺の目を見ていた。

 あまりにも近すぎて俺の心臓が勢いよく音を立て始めていた。


「え、映画の主人公と同じ気持ち……じゃないのか?」


 俺は咲耶の視線から目を逸らしながら答える。


「もう、蒼にぃのニブチン……」


 返ってきたのは咲耶のため息。

 それと同時に咲耶は膨れっ面になって俺から離れていく。

 

「咲耶、今なんて言ったんだ?」

「何でもない!」


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【あとがき】

▶当作はカクヨムコンに参加中です!!

 

お読みいただき誠にありがとうございます。

次回もどうぞ、お楽しみに!


書いてるこっちがニヨニヨしてきました。

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