逆に考えるんだ

 レペテラ君の髪をとかし、できるだけコミュニケーションをとる。

 妖精達と遊んでやる。

 ゴレアスの戦闘訓練に付き合う。

 自分の訓練をする。

 週に一度レペテラ君の魔力強化、魔物退治。

 そして常に鳥を殺す機会をうかがう。

 あの鳥、本当に殺す隙がない。というか、いつでも私の周囲に目があるのが問題だ。王国にいた頃は、いる場所を噂され避けられていたくらいだったのに。

 今だって庭の切り株に座っている私の髪の毛を、妖精たちが勝手にいじって遊んでいる。情に厚いタイプではないのだが、レペテラ君の役に立っていると思うと、それくらい好きにさせてやろうと思う。

 鳥はその光景を見て、妖精になめられていると言って笑ってきたが、無視をしていたらいなくなった。どうせいつか殺すのだから、いちいち目くじらを立てるのも馬鹿々々しい。


 考えるのはこれからのことだ。

 状況を確認して確信したことがある。もしレペテラ君が人間に対して積極的な侵攻を行わない場合、しびれを切らした魔族がここに攻め込んでくる可能性がある。ゴレアスのように単体ならばともかく、手が回らないほどの数をそろえられると、いつものようにここは任せて先に行け、をする必要が出てくる。

 最悪鳥にレペテラ君を運んでもらえば命を長らえることはできるかもしれない。しかしその結果、レペテラ君は人からも魔族からも逃げ回る、隠遁生活を送らなければいけなくなる。

 鳥が味方でいる前提で考えていたが、もしかすると奴だって裏切る可能性があるのだ。だって奴が忠誠を誓っているのは、レペテラ君ではなく、人間に天誅を下してくれる魔王様なのだから。


 だとすると目指すところは、人間に侵攻されない魔族領作りになるだろうか。レペテラ君をそのまま魔王として置き、魔族をきちんと組織化する。その力を存分に振るい、人間たちの王を交渉の場に立たせる。

 力の強い魔族は限られているというが、妖精や精霊たちも、うまく使えば戦えないわけでもない。レペテラ君一人に魔族の命運を任せるのではなく、全員で戦う方が健全に決まっている。


 建国、かしら。


 ただまあ、私には絶望的に向いていない。恐怖政治ならともかく、まともな運営ができるとは思えない。その辺りのことは昔学んだことがあったけれど、その後数回の人生において一切活かされなかったのですっかり忘れてしまった。これはもう、レペテラ君の圧倒的かわいさによるカリスマで乗り切ってもらうしかない。多分何とかなる。いや、絶対になる。


「お姉さん、何しているんです?」


 そもそも現時点でレペテラ君に心酔していない魔族たちはどうかしている。人とは違うから審美眼も違うのだろうか。だとしてもこの可愛さと健気さは種族を超越したものがあるはずだ。わからないのであれば、わからせるしかない。


「あの、お姉さん? 大丈夫ですか」


 圧倒的武力で教育したのち、レペテラ君の愛らしさに救ってもらう。これがいい気がする。そうなるとまずは、ゴレアスのような立場の魔族がどこにいるか調べて、適当に半殺しにしてからレペテラ君の前に連れてくる必要がある。

 不本意ながら鳥が情報収集に長けていそうだったから、ある程度下僕を増やすまで協力させて、寿命を少し伸ばしてやってもいい。


「お姉さん?」

「こんなに可愛いんだもの、きっとうまくいくわ」


 超至近距離にレペテラ君の幻覚が見えて、私は表情はふにゃっと緩んだ。ああ可愛い。顔を真っ赤にして頬を押さえる姿、とてもいい。


「かわいい……。えっと、僕はお姉さんの方がかわいいと思います、というかその……」


 ごにょごにょと何かを言っているレペテラ君をしばらく見つめてふと気がつく。あ、これ本物だ。いつも脳内仮想レペテラ君に萌えているせいで、一瞬現実と妄想の区別がつかなくなっていたようだ。

 表情をきりりと引き締め、聖女様スマイル(模倣)を顔に張り付ける。


「あ、戻っちゃった……」

「はい、どうしたの。裏庭にくるなんて珍しいわね」

「訓練が一段落したみたいだとルブルから聞いたので、お話をしようかと思ってきたのですが……。お邪魔でしたか?」

「お邪魔じゃないわ。ちょうどレペテラ君のことを考えていたの」


 嘘ではない。大体いつも考えているので、いつ現れてもちょうどレペテラ君のことを考えているだけだ。


「僕のこと、ですか?」

「そう、レペテラ君のこと。レペテラ君は魔族を守りたい気持ちはあるけど、人間を傷つけたいわけじゃないのよね」

「はい、そうです。たぶん僕が人間と戦おうってなると、魔族皆が協力してくれます。多分そうしたら……、どちらかが酷いことになるまで戦いが終わらないと思うんです」

「ええ、私もそう思うわ」

「……だから僕には、時間を稼いで聖女様が来てくれるのを待つことしかできません。僕がいなければ、魔族の人たちはこれまで通り細々とやっていけると思うんです」

「……それはどうかしら? 魔王という脅威が生まれるとわかった以上、人間はきっと魔族を駆逐しようとするわ」

「そんな! でも、じゃあ、どうしたら……」


 あ、これも可愛い。この落ち込んでいるのも、可愛い。私の手で感情が乱高下していると思うとぞくぞくしてくる。…………危ない、戻ってこれなくなるところだった。


「でもきっと、レペテラ君を中心に魔族をまとめ上げて統治することができれば、話は違ってくるわ」

「……統治?」

「そう。今みたいに各々自由に動かすのではなくて、魔族全員を配下において統治する。そして人間の国に力を示す。これが一番犠牲の少ない方法だと私は思うわ」

「そんな、そんなこと、僕には……」

「できるわ。土壌はあるもの。あなたは魔王様なのだから、意志と力さえ示せば魔族はきっとついてくるはず。……力なら、私が貸せるわ。無理強いはしない。相談してもいいわね。でも、少し考えてみて」


 立ち上がって、じっと考えるレペテラ君の頭を優しく撫でて屋敷の中へ入る。レペテラ君はどんな決定をするだろう。



 それはそうと、レペテラ君の髪の毛はさらさらで、撫でたらなぜかふわっといい匂いがして最高でした。しばらく手を洗わなくてもいいかもしれない。

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