第6話


 ハーレムに戻ったライラは荷物をそれぞれに配り終えると、二日酔いの薬を調合した。色は緑がかっていてかなり毒々しいが、飲めばたちまちスッキリする良薬だ。


「効かなかったら怒るからね。今後、絶対にあんたには頼らないわよ」


 薬の色にびびったイリシアが、しぶしぶといった様子で薬の入ったコップを手に取った。そして、息を詰まらせながらも何とか飲みきる。


「にっが……うぇ、後味もすごい引きずるんだけど」


 顔をしかめているイリシアに、ライラは水を差し出す。


「お水を飲んでください。そうすれば、すうっとしてきますよ」


 水を受け取ったイリシアは、一気に水を飲み干した。すると、信じられないとばかりにライラを見てくる。


「なんか、すっきりしてきた。えぇ? こんなに速効で効くものなの?」

「いえ、今の感覚は薬にハッカを混ぜてるから、そう感じるだけです。取りあえずの気持ち悪さをそれで誤魔化してる間に、根本的な気持ちの悪さを薬効で和らげているんです」


 ライラが説明すると、イリシアはぽかんと口を開いた。


「本当に医学に通じているのね。私とたいして歳も変わらないだろうに、すごいわ」

「いえ、単純に父が薬師だったので、幼い頃から医学に触れていただけですよ」

「へぇ、そうなのね。私、あなたのこと気に入ったわ。これからよろしくね」


 イリシアが笑った。まるで大輪の花が咲いたような華やかな笑顔だ。


「はい、よろしくお願いします」


 薬師としての初仕事を妃候補のイリシアに認めてもらえた。そのことが嬉しくて舞い上がりそうな気分だ。


「じゃあ、早速なんだけどさ、腹下しの薬とかない?」


 イリシアが、声を潜めるように言ってきた。


「……えっ?」

「だからぁ、気に入らない奴をちょーっとばかしお仕置きしたいなぁって思っててさ。ね、何か用意してよ」


 綺麗な顔して、えげつないことをいうイリシアに驚く。


「だ、だめです!」

「なんでぇ?」


 イリシアは子供のように口をとがらせた。


「なんでって、そんなの卑怯です。嫌がらせに使う薬なんてありませんから」

「別に命に関わるような毒を出せって言ってるわけじゃないし。ただの悪戯じゃん」


 けらけらとイリシアは笑っている。


「悪戯なんて可愛い言い方してもダメです。仮にもあなたは妃候補なんですよ? しかも、一番高い身分をお持ちなのに、なんて子供っぽいことを考えているんですか」

「身分とか関係ないから。それに私が悪戯したい相手ってバドラなの」


 イリシアが満面の笑みで言った。


「あー……なるほど」


 その気持ち、すっごく良く分かる! と言いたくなったが必死に飲み込んだ。


「バドラが腹痛で寝込んだら数日間ハーレムに来ない。それ、すごく快適じゃない?」


 バドラが確実に来ないと分かれば、心安らかに過ごせるのは間違いない。予想外に、悪戯の話は興味深いものだった。けれど、やはり悪戯に薬を使うのはいけない。


「とても魅力的なお話ですが、やっぱりダメです。これでも薬師の端くれですから」

「ライラって真面目ちゃん? もうちょっと気楽に楽しく生きようよぉ」


 イリシアが駄々をこねるように、ライラの手を取って揺らしてくる。

 この感じ、誰かを連想させるなと思った。


「ふふ、イリシア様は私の幼馴染みにそっくりです」


 悪戯好きなシンと、イリシアは気が合いそうだ。いや、逆に似たもの同士すぎて反発しちゃうだろうか。ライラは頭の中で、シンがどんな反応するかなと空想する。


「あれ、あれあれ? 顔がふやけてるよ」


 イリシアの言葉に、ライラはハッと意識を戻す。


「ふやけてるって、どういう顔ですか」

「えっと、何か柔らかくて優しげで慈しむような顔。今、幼馴染みのこと考えてたでしょ。ねえ、ライラの幼馴染みは男?」


 イリシアの問いかけに、ライラは首を傾げる。


「そうですけど……?」

「なるほどぉ。ライラは、その幼馴染みのことが好きなの?」

「ほわっ? そ、そそそんなわけないです。そんなこと、あってはならないんですから」


 ライラは思わぬ指摘に動揺してしまう。


「ふーん。ライラって慌てると可愛いねぇ」

「か、可愛くなんてありませんよ。イリシア様こそ、お綺麗で可愛らしいと思いますが」

「あぁ、違うって。見た目のことならそうだろうけど、私が言いたいのは中身のこと」


 イリシアは自分が綺麗なのは否定しないのだな、とライラは思った。もちろん、地味な容姿のライラとなど比べものにならないのは分かっているが。


「私の中身のどこがですか? 真面目で面白くないとはよく言われますけれど」

「自分の気持ちを必死に押さえているところだよ。私が思うにさ、自分の気持ちを『こうであってはならない』って言ってる時点で、隠さなきゃいけない気持ちがそこにあるんだよ。ライラは幼馴染みのことを好きかと問われて『そんなことあってはならない』って言ったでしょ。つまりは、もうそこに好きって気持ちがあるってことじゃん」


 イリシアは楽しそうに言った。


 でも、ライラは全然楽しくなどないし、むしろ絶望したかった。せっかく今まで見て見ぬ振りをしてきたのに、真っ正面から突きつけられてしまったのだから。

 シンのことを好きかもしれない。きっと好きなのだろう。好きなんだと思う。だってシンのことを考えると、心がそわそわして会いたくなる。会ったら、いつも通りにからかわれて面白がられるだけなんだろうけど。でも、そうやって気兼ねなく話せて、笑って、怒って、そんなやり取りがとても大切に感じる。


 だけど届かぬ想いだから自覚なんてしたくなかった。そうだと結論を出したくなかった。なのに、隠してた部分をイリシアにズバリと突かれてしまい、胸が痛くてたまらない。

 シンとは、天と地ほども身分の差があって、でも、それよりももっと重大なことがある。シンには王都に好きな人がいる。もう好きだと気付いたところで、ライラの気持ちが報われることなど、最初からあり得ないのだ。気付いた時点で報われない想いなのだ。


「ライラ? 何か泣きそうな顔してるよ。ごめん、無遠慮に立ち入り過ぎちゃったかな」


 イリシアがばつが悪そうに頬を掻いている。


「いえ、その、幼馴染みは、あくまで幼馴染みなので……では、そろそろ失礼しますね」


 ライラはぎこちなく笑みを浮かべ、部屋を後にした。

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