第6話

 シンを見送った後、ライラは部屋へ戻った。体を休めようと思うが、眠気は全く訪れない。仕方なしにベッドの上でごろごろとしてみるが、シンのことばかりが浮かんできた。

 村を出るまでは、シンのことなんて何とも思ってなかった。村までライラを勧誘に来たときだって、単純に幼馴染みとの再開を懐かしんだだけだったのに。それなのに、急にどうしてしまったのだろうか。シンの言葉や行動に心がざわついている気がする。


 まともに眠れぬまま、外は明るくなり始めた。もう眠ることを諦めたライラは、着替えると保管庫へと向かう。入り口にいた見張り兼護衛の人に会釈し、中に入った。

 さっそく昨日作成した一覧を片手に、端っこの棚から中身を取り出していく。まずは棚の中身を確認して、分類するところからだ。その作業の中で、一覧に載ってる原料が出てきたら除けておく。一心不乱に作業を続けていると、あっという間にお昼になっていた。

 交代の見張りの人が昼食を持ってきてくれたので、ライラは有り難くそれをいただく。パンと豆のスープとリンゴだった。食後にお茶を飲みながらライラは一覧表を眺める。まだどの薬の原料もそろってはいなかったので、午後もこの作業を続けるしかない。


「ライラさん、順調かい。というか、どこにいるの?」


 保管庫にアブーシの声が響いた。慌ててライラは棚の隙間から出る。


「良かった、まだ心は折れてなかったみたいだね」


 ライラが原料を片手に飛び出してきたのを見て、アブーシは満足そうに笑った。


「……そうですね。ご期待に添えるように頑張っていますよ」


 ライラは皮肉を込めて言う。


「うん、安心した。その手に持っている紙は何?」


 アブーシは、ライラの持っている一覧を指した。


「これは、薬の原料を書き出した一覧です」


 ライラが差し出すと、アブーシはしげしげと眺め始めた。


「おぉ、分かりやすく表にしてあって良いね。ざっと見た感じだけど、間違いもないし。数個だけちょっと難しい薬を入れておいたから、分かるかなと不安でね。様子を見に来たんだけど、心配要らなかったみたいだ。ちゃんと調べてある」

「そう言っていただけて、ほっとしました」


 もしその一覧が間違っていたら、そもそも課題が達成出来ないのだ。まずは課題のための設計図に、医者からのお墨付きを貰えたのは嬉しい。


「それはそうと、ライラさんは王都の西方面からきたんだっけ?」

「はい、そうです。ヒュリスというオアシスからです」

「へぇ、じゃあさ、恋の秘薬の噂って知ってる?」


 アブーシの問いかけに、ライラは思わず目が泳ぐ。


「こ、恋の秘薬……ですか?」

「遺物、つまり魔人の力を借りて作る秘薬らしいよ。ライラさんは薬屋の娘だし、何か聞いたことない? 噂では西の方のオアシスに、その薬を作れる老婆がいるらしいんだ」


 老婆、ということはライラの祖母のことを言っているらしい。祖母が亡くなりライラが引き継いでいることは、まだ王都には伝わっていないようだ。ライラはほっとした。


「いえ、そういう噂は聞いたことがありません」


 この秘薬のおかげで村に居ることが出来なくなったのだ。これ以上、秘薬で振り舞わされるのは勘弁してほしい。弟のサリムにも、口を酸っぱくして秘薬のことは知られてはいけないと言われているし。


「ふーん……そっか、残念。興味あったんだけどなぁ。恋の秘薬って言うくらいだから、惚れ薬かな、それとも傷ついた恋心を癒やすとかかな。何にせよ、心に作用をもたらすって凄いことだと思わない? 使い方を研究すれば人の心を操れるかもしれないよ?」

「そ、そうですね。凄い……怖いことです」


 第三者から改めて秘薬の話を聞くとライラは妙に怖くなった。人の心を操るなんて、嫌な表現だ。でも、たぶん間違っていないと思った。

 ライラはちゃんと話を聞き、必要だと思う人にしか薬は渡していない。けれど、それは正しく判断できていただろうか。独りよがりな思い込みに、なってはいなかっただろうか。秘薬を渡してきたことに、今まで迷ったことはなかった。けれど、それによって、大切な物を壊してはいないだろうかと不安になった。


「怖い、か。ライラさんは優しいんだね。でも、王宮で働くなら人の心を操るくらいの意気込みでいないと、なかなか生きづらいと思うよ」

「そう……なんでしょうか」

「大袈裟に考えないで欲しいんだけどさ。たとえば、上官に機嫌良くいてもらいたい。そのために、上官の身だしなみを褒めるとか、そういう単純なことだよ。自分の要求が高くなるほど、それに伴う行動も高度になるけどね」


 分かりやすい例えに、ライラはなるほどと思う。


「なんとなく、言いたいことは理解しました」


 ライラが答えると、アブーシは和やかに頷いた。


「じゃあ、僕はそろそろ戻るね。ライラさんも頑張って。期待してるから!」


 そう言い残し、アブーシは去って行った。

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