第6話 新たなる任務④


新たなる任務④


※交合を示す内容(通常より度合い高め)があります※









 

「………………………………わかりました」


 しばらくの間を起き、私は静かな口調で返答した。

 

 残忍酷薄とも言える受け入れ難い話だが、自分は拒否権も逃れる術も持ってはいない。

 自分の置かれた立場や現状。

 それらを踏まえたら、腹を括るしか他ないのだ。

 

 諦めの境地に至った私が話に応じれば、ジハイト様から驚きの表情を返された。


「ありぁ、思ったより早い飲み込みだねぇ。自分で言うのもなんだけど、僕、結構最低なこと言ったと思うよ〜。あ、もしかして、レオンとの交わりがそういう感じだった〜?それなら、こういう話も問題なさそうだよねぇ」


 ピクリ。

 自由にならない身ながらも、ジハイト様の言葉に私の体が小さく揺れる。

 間もなく、ジハイト様が不敵な笑みを浮かべた。

 

 しまった。

 反応するつもりなど微塵もなかった私は、焦燥感にかられる。

 

 彼との交わりが、リリア様の姿で行われていること。

 

 無感覚になるようにしたはずのそれは、意識下では引っかかりがあったのだろう。

 私の意思に反し、身体は反応を示してしまった。

 しかし。

 人を不快にするのが得意なジハイト様になど、それについてを話すつもりは毛頭ない。


 

「ねえ、ちゃんと答えてくれないと~」


 そう言ったジハイト様は、私の両目を注視した。

 眼力があるエメラルドの瞳から逃れられず、目をきっちり合わせることになった私の中に、言葉にし難い不思議な感覚が沸き起こる。

 おかしい。

 自分の意思に反して、口が勝手に開いていく。


「………そうでないと、成り立ちませんでした……」


「へぇ!アイツ、そうとう拗らせてるんだねぇ!!まぁ、男としてはわからなくもないけど~。抱くにしても、好みの相手じゃないと、色々無理がねぇ。それにしてもぉ、あの堅物が、3日間も政略結婚の相手なんかできた理由は、それかぁ~」


 そう言って、ジハイト様はケラケラと笑う。


 身体の動き、脳の神経回路を鈍くさせる作用。

 加えて、暗示を促す作用または自白剤。

 そういった成分の薬が、あのお茶に入っていた。

 

 体が人形のように動かない私は、ジハイト様が愉快に笑う様を前にしながら、この状況が引き起こされた原因を考察し出す。

 

 厄介なものを口にしてしまった。

 そう後悔するが、もう遅い。

 

 夫婦の事情、特に口外したくない閨事情を、知られたくない身内に晒さすことになるとは。

 ただでさえ、酷い提案を受けなければならなかったというのに、この状況は屈辱の上塗りだ。

 しかし。

 本当の屈辱はこの後にあるだろう。

 

 今の私は、ジハイト様の思うがまま。

 頭の働きが鈍くなり、深く思慮することが出来なくなってきている。にも関わらず、自我だけは残っているという今の状態では、話したくもない事でも、ジハイト様によって全て引き出されてしまうだろう。

 身体的に抵抗はできないことはもちろん、晒したくない胸中さえ秘密にすることができない。

 その状況を考えると、どうしても身の毛がよだつ。



「ごめん、ごめん~。あ、傷ついた~?でも、君らが政略結婚なのは明らかだしさぁ、君もわかってたでしょ~?アイツの気持ちは。あ、おままごとに気づいてるのは僕だけだから、そこは安心していいよぉ。君らぁ、仲良しだって、ラブラブ夫婦だって、周りに見せたいんだもんね~?ていうか、その面白い遊び、いつまで続けるわけぇ?」


 そう言ったジハイト様は、口に右手を被せながら肩を震わせる。

 笑いを堪えようとしていたようだが、我慢が出来なかったようだ。

 ぷッと吹き出したジハイト様は、「あはははは」と笑い声をあげた。

 その様子は、こちらを嘲笑っているものでしかなく、私は小さく唇を噛んだ。


 ジハイト様は、どこまで私を惨めにさせたいのだろうか。

 

 ジハイト様の言動は大変腹立たしい。

 しかし、言われたことには納得できる点があり、嫌でもそれについてを意識してしまう自分がいる。


 

 “政略結婚なんかの相手ができた理由”

 “抱くにしても、好みの相手でないと色々無理”

 “3日間も”

 “気持ちはわかってた”

 

 それらの言葉から思い起こされるのは、夫である彼との交合。

 初夜には酷い拒絶をされ、リリア様の装いをする前は、薬を使用しての事務的な行為だったこと。

 リリア様を連想させる姿になってからは、行為に対する杜撰さは和らいだが、3日間も期間が設けられているにも関わらず、交わりは1度しか行われなかったこと。

 任務後は酷く冷たく、視界を取り戻した時にはいつも、私だけが広いベッドの上に1人存在していたこと。

 

 それらが私の脳裏をよぎり、その行為の意味づけが、ジハイト様との会話から得た情報によって成されていく。


 薬を使わねば交合もできない程、嫌悪感を抱く相手私をしなければならない。

 それは彼にとって、多大なる負担であり、色々と無理があった。

 

 愛する人に姿を似せた状態での行為になったことで、薬に頼ることはなくなった。

 ジハイト様の言う想像力、それを駆使していたのかもしれない。

 しかし。

 所詮は偽物。

 冷静になった時の落差は激しく、かといって、彼は、それらの感情を隠すことはしなかった。

 だから、“任務”は、酷い虚無感しか残らない1度きりの交合だったのだ。

 そうであったということを、今回で把捉した。


 …………それよりも。

 

 今最も引っかかりのある事柄は、この非道な命令を聞いたところで、彼は何も行動を起こさなかったという事だ。

 

 いくら王命とはいえ、私に少しでも情があれば、何かしらの対応をとったはずだ。

 

 私はここに来る前、彼と会っていた。

 公務の為であったが、彼とは日中、児童施設の訪問を共にした。

 馬車に乗る際や昼食をとる際など、2人だけになる時間はあったが、彼はいつもと全く変わらぬ対応だった。

 彼はこの件について知っていたにも関わらず、この任務について触れることはおろか、何か反応を示すようなことは一ミリとして無かったのだ。


 もしリリア様が同じ様な状況に陥ったならば。

 彼は、絶対に動いただろう。

 何としてでも阻止したのではないだろうか。

 

 つまり。

 

 彼は、私に関心がないどころか情すらない。

 

 世継ぎさえできれば、相手私の事は、本当にどうでもよい。

 リリア様でなければ、誰が相手でも、相手がどういった状態でも関係ない。

 そういうことなのだ。

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