第6話 新たなる任務②


※交合を示す内容があります※


 

「交接の指南役とか監視役ってぇ、昔は普通に居たみたいだからねぇ。子孫を残すっていう真面目な観点からしたら〜、そうゆう役割を、変とかみだらだと思うほうがおかしいのかもよ~?だって、子どもできなきゃ大問題なわけだしぃ。まぁ、僕からしたら超勘弁な話なんだけどぉ、僕、今の生活は絶対失いたくないんだよね~」


 国王からの任務書には、任務内容の下にもう1点記載事項があった。

 

 万が一、王命に従わない場合どうなるのか。

 

 ジハイト様は今後一切“遊び女性達を囲う”を辞め、妻のリリア様のみを愛し必要な公務を行う。

 私アンジュ・ラント・ブルームは、懐妊できない王太子妃と世間に公表し、降格を審議する。

 

 私が絶対に拒否できず、自由気ままなジハイド様でも任務を投げ出さないよう仕向ける内容。

 その記載が成されていたのだ。


 

「まあ〜、君にとっては大事なお勤めに関わることなわけだしぃ~、これ以上、評判や立場を悪くしたりぃ、父上に失望されたくないでしょ~?」

 

 ジハイド様の話を黙って聞いていた私の体が、思わず強張った。

 国王からの失望。

 それは、されたくないし避けたいことだ。

 正確には‘’失望‘’をされたくないのではなく、失望されたことによって待っている国王からの措置を避けたい。

 

 10歳の時から始まった王太子妃教育を受ける中で、私は何度も国王からの失望を受けてきた。

 過去、幾度となく受けてきたそれは、国王が求める完璧な王太子妃であれないことに対して罰を与えるというもの。

 与えられたものは、私が失望という言葉を国王から聞いただけで、それに関連することをフラッシュバックしてしまうような、苦悶させるものでしかなかった。

 

 王命は絶対的なものではあるが、もしも、私がこの任務に応じないような事があれば、国王は私に失望し、任務書にもあったように、王太子妃から外すように仕向けてくるだろう。

 それも、私を徹底的に追い詰める形で。


  

「…………自分の立場や王命が持つ効力は、わかっています」


「そうだよねぇ~。つまりぃ、これは逃れられない話なんだってことになるよね〜。僕も、王命だけはどうにもできないからなぁ。国王って、ズルイよね〜」


 呟くような小さな声で発言した私に対して、ジハイト様は、腕を組みながらうんうんと頷き目を閉じる。

 そうして。

 考え事を始めてしまったのか、「ん〜」といいながら動かなくなってしまった。 


 

 『国王って、ズルイよね〜』

 

 静まり返ってしまった空間で、私はジハイト様の言葉と国王に関する事柄を思い出す。


 絶対君主制である我が国だが、現国王セーグ18世は、国民から、平和であるための最善を尽くす真面目な王だと賞賛を得ている。

 それは、秩序を絶対的に守らせる、守るように整備することで、国民に安全な暮らしや秩序が乱れない範囲での自由権を与えていることが大きい。

 

 身の危険を感じるような争いがない安全な環境、社会秩序を守れば自分がしたいように生きることが可能となる国。

 それを作り上げている王は確かに素晴らしいと言えるが、多くの国民は知らないはずだ。

 セーグ18世は、秩序を乱すことを絶対に許さず、国にとって害だと見做した人間、特に王族に近い人間は容赦なく消し去っていること。

 それらは全て、国王が信頼できる人間の間だけで、秘密裏に行われていることを。

 

 王太子妃となり国王を身近で見るようなった私が思うに、現国王は、己が決めたことを実行するためには手段を選ばない。

 特に、自分と親交が深い人間ほど見限った場合に容赦がない人だ。

 

 命を奪うでなく、死よりも恐ろしい状況に追い込んでいく。

 

 セーグ18世と親密だった人間が見限られた際には、そうなるのだと聞いたことがある。

 つまり。

 国王と身内になった私が見放すべき存在だと判断された場合、王太子妃であるほうがまだ良いと思えるような状況に追い込まれるに違いないのだ。


「〜っ」


 王命に反抗した際、このまま懐妊できなかった場合の自分の行く末を想像した私が身震いしたと同時、

 

「よしっ、とぉ!」


 ジハイト様が両手を勢いよく合わせ、パンッという音を立てた。


 

「さぁ、話をすすめるよ〜。お薬も効果あるみたいだし、ちゃっちゃと話すから~」


 そう言ったジハイト様は、私の目前にあるティーカップを見てから私の両眼を注視した。

 なんだというのか。

 ジハイト様の言動を不思議に思うと共に注視される事に抵抗感を感じた私は、ジハイト様の視線から逃れようとする。

 しかし。


「っ!?」


 顔を逸らそうとしたが、なぜか体が鉛のように感じ、ゆっくりとしか動かすことができない。


「…………何か、入れたのですか?」


「気持ちを安定させる類のものだよぉ。変なものじゃなくて、必要なものだったでしょ〜?」


 予想だにしない仕打ちを受けた私が狼狽の色を浮かべたのに対し、ジハイト様は、僕に感謝してよね、と言わんばかりの表情だった。

 

 

 私が抵抗したり、取り乱して任務が遂行できなくならないように。

 ジハイト様のいう薬はおそらく、そうするためのものだ。


 たしかに。ジハイト様から聞いた話や任務書の内容は、情緒不安定になってもおかしくないもの。

 史実上のあり方や価値観はどうあれ、私にとって交合の指南を受けること、その相手がジハイト様義兄であることには拒絶感しかない。

 

 本来なら謝絶することはもちろん、私より身分が低いジハイト様を不敬罪に問うことも可能な内容である。

 が、しかし。

 王命ということから、それは叶わず。

 かと言って、冷静さを失う言動をせずにいられなかったかと言われたら、彼との“任務”は動じず対応できるようになった私でも、さすがに難しかったように思う。

 

 薬の投与。

 それは、私が国王からの任務内容を冷静に聞き、それを滞りなく遂行するには必要なもの、だったのかもしれない。

 だが、それは。

 私の尊厳を傷つけることであり、この任務が終わった時に残るものは、遺恨の念しかないだろう。


 

「あ、そうそう〜」

 

 複雑な心境を抱えながら、体を機敏に動かすことができなくなってしまっている私に、ジハイト様は陽気に問いかける。


 

「僕と義兄妹になって1年だしぃ、王族の僕がなんで好きなように沢山の女性を愛でることができてるか、事情は知ってるよね〜?」

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