3章ー6 国王の言葉と王太子の行動

国王が静かな声で語り掛けるように声を発する。

「皆、新たな勇者が誕生した。しかも我が色と同じ色を持つ勇者の誕生だ!400年の時を経て繋がった縁に感謝を!!」

そこで国王が空を仰ぎ膝を折り、天に敬意を示す動作をする。

あぁ、これで私は王家の血を受け継いだ子ではなく、建国前に分かれた子孫の末裔ということになったわけだ。

勿論、その方がめんどうがなくて良いはずなのだけれど、釈然としない何かが込み上げてくる。

国王の掌で転がされているような錯覚。

国王は続けた。

「彼女はまだ年若い。これから少しずつ勇者としての力をつけ、いずれ魔王を討伐してくれることだろう。皆のもの、新たな勇者の誕生を祝おうではないか」

観衆が波打つように歓声をあげる。

国王はそれをゆっくりと味わうように見渡す。そして、手を挙げた。

観衆は皆、静けさを波紋のように広げさせる。

皆が国王を慕っているのが伝わってくる。

「ギプソフィラよ。今日この時を持ってそなたは勇者となった。この国の勇者として胸をはり、鍛錬を重ね、魔王討伐の悲願を叶えてくれ。国民もそれを望んでいる。その方にならきっとそれが出来るはずだ」

遠く離れた場所に居ても、国王の目が私の目を見ていることがわかる。

「あの人は国王だから」

そう言ったハリーの声が頭の中に響いた。

確かに国王だ。

私は国王の強い視線に負けないように、目に力を込めて国王の目を見つめ返した。

そして、膝を折り、国王に敬意を示し、国王の言葉を受け止めた意を示した。

私が頭を国王に下げると同時にワッと歓声が上がる。


国王がそのまま退席していく。

国王の退席と共に、王妃と王太子も退席を始めた。

私はそのままの格好で王家の人々が退席するのを待った。

王家の退席が終われば、ハリーの閉会の宣誓がなされるはずだ。

そうすれば、私はこの場を退場できる。

やけにその時間が長く感じた。

王も王妃も退場したであろうと気配で感じるのに、ハリーの声は聞こえてこない。

しばらくして歓声がざわめきにとって代わる。

何が起こっているのだろうか。

疑問に思った時、誰かの大きなブーツが私の目に入る。

「ギプソフィラ」

ハリーの声だった。

私は顔を上げる。

「ハリー様、なぜここに」

小さく息を吐くようにつぶやいた。

ハリーはいたずらっ子のような顔を一瞬見せ、私を抱き上げ声を張り上げた。

「見よ。これが勇者ギプソフィラである」

そうして、観衆によく見えるよう、私は抱き上げたまま360℃回転する。

こんなのは聞いてない。

ハリーの思い付きなのだろう。

ハリーの侍従たちも目を見開いているのが目の端に映った。

私は何とか体裁を保つために、目に力を籠める。

笑顔になった方がいいのかもしれないけれど、今、私は笑えない。

だからせめて、堂々と振るわなければ。

「国王からもお言葉があったが、きっとこの少女が数年のうちにこの国一の勇者になるだろう。皆、彼女を支えてやってくれ」

国王が否定した王家の血を、ハリーは自分と並べることでまた人々の頭に蘇らせた。

ヘンリー殿下似の少女ギプソフィラ。

どう見てもそこには血の繋がりを感じてしまう。

全国民が国王に、「この少女と王家は関りがない」と告げられたにも関わらず、勘繰らずにはいられないほど、ハリーと私は似ていた。

ハリー様、分かっててやってるよね。

ハリーが自分の子だと暗に示しているのだと感じた。

きっと国王の手前、絶対に口に上ることはないだろうけど、それでも、平民も貴族もハリーの心の叫びが聞こえたはずだ。「この子は私の子だ」という心の叫びが。


私はハリーに抱きかかえられたまま、広場を後にした。

人々の目が見えなくなる勇者の控室に入るや否やハリーの謝罪がまたも始まる。

昨日の夜も聞いた気がするな、ハリー様の謝罪の言葉。

私はため息をついてハリー様の謝罪を止めた。

「ハリー様、此処はお城の中でしかも、ハリー様の侍従さん達がビックリされてます。もう謝罪はいいですよ」

少し声音が冷たかったのか、ハリー様が尚言い募る。

「すまない、やっぱりやりすぎだったかな?いやでもあれくらいしないと伝わらないだろう」

「殿下、殿下が何かお考えなのは存じておりましたが、あれはいくら何でもあり得ませんでした。陛下の意を覆されるようなことを、、、」

ハリーと共にこの部屋に入ってきた一番年配の男性侍従が声をかける。

「あぁ、ナリッツ、君にも何も言わず混乱させてしまって申し訳なかった。君にも紹介しよう。私の娘のギプソフィラだ」

「ハリー様!」

「殿下!」

私とナリッツと呼ばれた侍従の声が重なった。

「フィラ、私は父上が君を王家とは関係ない存在だと言われてとても悲しかったんだ。公で君は私の娘と言われることはないけれど、きちんと私の存在を示しておきたかったんだ。迷惑だったかもしれない。でもこれで色々やりやすくなることもあるんだよ」

「ハリー様、それでも外聞がよろしくありませんし、何より、これから婚姻を結ぶ方にはどうお伝えするのですか?政略結婚かもしれませんが、それでも愛のある家庭を築く邪魔にはなりたくありません」

私のキッパリとした声とその内容にナリッツが感心した顔をする。

「なるほど、そういったご令嬢なのですね、ギプソフィラ様は。よいお嬢様だ。しかし、国王が否定された今、先ほどのような発言は控えて頂きたい、よろしいですか、陛下?ギプソフィラ様もこのように仰っていますしね」

最後は私に笑いかけてくれた。

「公言は出来ませんが、私もギプソフィラ様のために何かできることあれば動きましょう」

もっと疎まれると思っていたから、私の中に嬉しい驚きが生まれる。

私はナリッツ様に向かい「ありがとうございます」と膝を折った。


コンコンコン

ノックの音が控室に響く。

「入れ」

その場で最も高位なハリーがノックの主に入室の許可を与えた。

入ってきたのはアイザックだ。

すごく怒っている。

ハリーの顔が一瞬青くなったように見えた。

「殿下、陛下がお呼びです。すぐに来て下さい」

ザックは私をチラッと見て、後ろに控えるリリーにもサッと目を走らせ、ナリッツに目をとめた。

「へブラエ卿は私とともに広場の片付けを手伝って頂きたい」

ナリッツ・ヘブラエ様は了承の意を示された。

控室からハリーが退室し、その後ナリッツ・ヘブラエ卿が退室、そのままの流れでアイザックも退室するのかと思ったら、私のところにツカツカと歩み寄り、私の頭をヨシヨシとして「少し休んで居なさい」と声をかけてから出て行った。

私は皆いなくなって、リリーと二人になった途端にブワッと涙が目から零れ落ちていくのを止められなかった。

極度の緊張感で精神が張り詰めていたのだ。

リリーがそんな私を抱きしめてくれる。

私はリリーの腕の中で意識を手放した。

フヨフヨと意識が微睡、久しぶりの安堵感の中に身を置くことが出来たのだった。

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