3章ー2 儀式前日

勇者石の儀式の前日。

私は王城にて事前に儀式の確認をしていた。

ザックとリリーパルファがフィラの脇を固めている。


王城の至る所から、煩い視線が飛んでいた。

王家の血を表す髪色をした整った顔立ちの少女を不躾な視線や遠慮がちな視線が追いかけてくる。

アイザックとリリーパルファはその視線から私を守ってくれていた。

私自身もその視線には気づいていたけど、二人がその視線から守るように自分の側に居ることで特に不快な思いはなかった。

「フィラ、明日はこの広場に勇者石が設置される。その石の上で少し指に傷をつけて血を垂らすんだ。大丈夫か?」

ザックが心配そうに聞いてくる。

私は力強く頷いた。

自分で自分の手に傷をつける。

それは簡単そうで実はとても難しい事だった。

加賀美かすみ時代に一度だけ、自分に刃を向けたことがあった。

父との言い争いの時だ。

そう、10歳になったばかりの頃だったと思う。

まだあの頃は自分が何とかすれば父も母も変わるんじゃないかと思っていたころだ。

売り言葉に買い言葉で、「私が死ねばいいんだ」そう言って包丁の切っ先を自分の胸に向けた。

死ぬのなんて簡単だと思ていたし、あんなに自分に無頓着だったにも関わらず、自分の体に刃をあてることは出来なかった。

あの後のことはよく覚えていない。

ただ、ただ、自分に刃を刺すことが出来なかったという事実だけが残ったのだ。

あの時、加賀美かすみであった私は自分に失望したものだ。

「自分で死ぬことも出来なかった」そんな自責の念が生まれたのを覚えている。

今思えば、死ななくて良かったし、なんて当たり前なことに自責の念を抱いたのだろうと思う。

ギプソフィラの私は自分を傷つけることがどんなに罪なことか分かる。

それを儀式のためとは言え、フィラに強いることに罪悪感を感じているであろうザックとリリーに深い愛情を感じるのだ。

私はニコリと微笑んで、「大丈夫」と答える。

ザックもリリーも少し悲しそうだ。

もう一度、私は「大丈夫」と伝えて、ザックとリリーの手を強く握る。

二人は私をジッと見つめて、そして同時に息を吐いた。

それは大きな大きなため息だった。

ザックとリリーがお互いの顔を見て、なんだか納得した顔をする。

「フィラが大丈夫なことは承知しているがな、、、何と言えばいいのか、、、」

「そうでございますね、アイザック様。フィラ様は滞りなく儀式を終えられるでしょうし、傷が出来た指も治癒魔法で回復させることが出来ますでしょうが、、、そういう問題ではないのですよね」

そんな二人に挟まれて、私は思わずフフフと笑い声が漏れる。

「二人が私のことを想ってくれていることが伝わってきて何だか嬉しくなってきたわ」

私の笑顔に釣られて二人もやっと笑顔になった。


儀式の流れの最終確認が終わるころ、あろうことか、フィラと同じ赤い髪をしたハリーが儀式の行われる広場にやってきた。

勿論、何人も役人や騎士を連れている。

ザックとリリーがサッと膝をつく。

私も、昨日教わった王族に対する膝をつく動作を行った。

遠くからの視線には何も感じなかったのに、至近距離から複数の好奇な視線にさらされ私は少し眩暈がした。

「アイザック、楽にせよ」

ハリーがザックに声をかける。

そこから、ザックはサッと立ち上がり、私の前に移動しハリー達の視線から私を隠した。

「ヘンリー殿下も明日の儀式の確認でしょうか?」

「あぁ、明日いよいよだ」

ハリーの嬉しそうな声が聞こえてくる。

私はどうしても顔があげられない。

「そうだ、アイザック、彼女が明日の主役だろう?紹介してくれ」

わざとらしいハリーの声が聞こえる。

ハリーは私と会いたくて仕方なかったようだ。

「ギプソフィラ」

ザックが私を呼んだ。

私は一瞬目を瞑り、そして息を小さく吐いた。

覚悟は出来てたはずだ。

もう一度小さく深呼吸をして顔を上げる。

真っ直ぐにハリーの顔を見た。

そして、ハリーの方に一歩進み出てカーテーシをする。

「お初にお目にかかります。アイザック・クラーク様にお世話になっているギプソフィラです。よろしくお願いします」

白々しいと思うが、私とハリーは面識がない事になっているし、此処には多くの目がある。

どうしても初めましての挨拶が必要なのだ。

ハリーが王太子として軽く頷く。

私はちゃんと出来ているだろうか。

不安に思うが、今はまだその不安を顔に出してはダメだ。

堂々としていなければ、、、

私は必死でハリーの顔を見ていた。

そんな私を見てハリーがフッと笑顔になった。

私の緊張も少し和らぐ。

「明日は大勢の民が集まるであろう。民のために尽くしてくれる勇者が誕生するのだ。王家として精一杯援助しよう。安心して明日に臨めばよい。アイザック、彼女のことよろしく頼む」

ハリーは暗に私の存在を認めたのだ。

ハリーと同じ赤い髪の少女。

明らかに王家の血が入った少女。

誰からの血かは分からないけれど、王太子が認めた。「援助する」と明言したのだ。

もしギプソフィラを害するものがいれば、その者は王家に逆らう者となる。

ギプソフィラはこの瞬間、王家の庇護のもとに入ったと言える。

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