転生したら両親に愛されたので、勇者になって魔王を倒す旅に出ます。

うらの陽子

プロローグ

プロローグ1 加賀美かすみ

ドガッ。

ガタッ。

ダンッ。


早朝、大きな音が続けざまに響いた。

薄いアパートの扉を隔てた向こう側。

1メートルも離れていない隣の部屋で今お母さんはお父さんに殴られてる。

私と弟は息を潜めてジッと終わるのを待つ。

幼少期何度も父を止めようとして、母と一緒に殴られた。

その後、暴力を振るわれても泣かない母が私の殴られた頬を撫でながら泣いていて、強くなりたいと思ったものだ。

それも弟が私と母を助けるために父に殴られるのを見て終わらせた。自分が殴られるよりも弟が殴られているのを見るのは100倍心が痛いことに気付いたからだ。母も自分が殴られるよりも私たち子供が殴られるのを見る方が辛いのだと察したからだ。

私は弟が母を助けようと父に逆らうのもやめさせた。

それから5年。

今では息を潜めて、父の暴力がおさまるのを待つ。


隣の部屋に続くドアが勢いよく開く。

父が大きな足音を立てて何も言わずに外出した。


父が外に出た瞬間に私は隣の部屋に駆け込む。

母が頬を腫らして床に倒れていた。

「お母さん」

私は母を抱き起し壁を背にして座らせた。

弟のかおるが保冷剤とタオルを持って立っていた。

私は保冷剤をタオルでくるんで母に手渡した。

「ありがとう。ごめんね、いつも」

母が力なく笑う。

かおるがぶっきらぼうに言い放つ。

「わらってんじゃねえよ」

私はもう声に出さなくなった言葉を心で呟いた。

「お母さん、父さんと離婚しちゃダメなの?別れようよ。大丈夫、私たちがいれば暮らしていけるよ」

私は母の頬を撫でる。

「立てる?」

母は白髪交じりの頭を縦にふり、かおるに手を差し伸べた。

かおるは母の手を取り、母の体を引き寄せる。

母はかおるの手にしがみつきながら立ち上がった。

私は二人を横目に部屋の奥に見えるくたびれた黄色い財布を拾いあげる。

「父さん、またお金持って行ったの?」

母は一瞬躊躇した後で力なく頷いた。

「ごめんね、今月の残りの生活費全部持って行かれちゃったの」

母の言葉にため息が出そうになるのを自分のお腹に力を入れて、止めた。

「そっか、まぁ、いつものことだね。日雇いのバイト探してくるよ」

「なあ、母さん、いっつも同じことの繰り返しだからさ、財布とは別に生活費小分けにして隠しとけばいいんじゃないか」

弟の言葉に私は今度こそため息を吐いた。

「かおる、それね、もう何度も試してきたの。でもね、いつも大体いくらくらいのお金があるか把握してるからその額より少ないといつもの倍お母さんが殴られるのよ」

かおるは馬鹿みたいに口を開いて「あー」と納得する。

かおるも中学にあがりバイトをすると言ったが私が反対した。

かおるは私と違い、友達も多く、小学校では人気者だった。

中学校に入ったら部活も本格的に始まる。

かおるには学生生活を楽しんで欲しかった。

バイトは高校生になってお金がもっと必要になったら自分のためにしたらいい。

私は生活のために中学の頃からずっとバイトをしている。

小学校の時には自分の人生に見切りをつけた。

父のDVで母はいつも殴られ蹴られていた。

母を庇えば自分も殴られた。

父は自分勝手な人間で自分が働いたお金でギャンブルをし、私たちの生活費は母が稼いだ。

父と母の収入があるため生活保護は受けられない。

私の家はいつも火の車で、貧乏だった。

母と弟の生活を支えるために、私はバイトと家事を引き受けた。

私は母を助けることに全力を注いぎ、弟を普通に育てることに注力した。

その結果、私自身のことは全く考えないようになった。


高校も本当は行く予定はなかった。

父も特に行かせるつもりもなかったようだった。

だけど、母が、、、

初めて見たように思う。

母が父に意見をしていた。

「かすみは頭がいいし、高校までは行かせてあげて欲しい」

母の申し出に父は少しビックリした顔をしていた。

最初、父は私の高校進学に反対していたけど、最終的に母の「高卒の方が中卒よりもいい給料もらえます」の言葉に首を縦に振った。

どこまでいっても自分勝手な父に呆れるしかなかった。

こうして、私は今高校に通っている。

と、言っても友達も特にいない。

テレビも雑誌も見ないし、お洒落にも興味のない私は同級生と話が出来ないのだ。

話をしないわけでも、いじめられている訳でも、学校が嫌いなわけでもない。

ただ勉強をするために行っている。

勉強は楽しいと思う。

自分の知らないものを知る楽しさ。

自分とはかけ離れた世界の話が聞ける面白さ。

数学も国語も英語も日本史も世界史も生物も化学もそれぞれ世界が広がっていて、楽しいと思う。

だから、高校進学が決まった時とても嬉しかった。

まだ勉強ができると思うと波打つことを忘れてしまった私の心が少し踊った。

高校に入学して3か月。

一日も休まずに登校している。


「お母さん、生活費は次の給料日まで何とかするから。かおるは心配しなくて大丈夫だよ!お姉ちゃんがなんとかするから。じゃ、私もう行かなきゃ遅刻する」

心配顔の母と弟を残して私は父さんが帰ってくる前に作っていたおにぎり3つと麦茶の入った水筒を黒いサイドバッグにいれ、学生かばんをもって家を出た。

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