第15話

「も、もう無理!!死ぬ!!師匠俺死んじゃう!!」

「弱音が吐ける内は大丈夫な証拠じゃ。本当にダメな人間はむしろポジティブになりだす」

「それってただ躁鬱になってるだけ……ゲロゲロゲロ」

「ちゃんと掃除するんじゃぞ」


 あれから俺はノルマを達成する為に、死ぬ気で筋トレやら走り込みをする。


 普通に何度も吐いた。


「本来ならこんなアイテム使いたくもない上、失敗した時の魔力を奪われる仕組みがクソ過ぎて廃棄寸前だったところを儂が貰い受けたのじゃが、魔力のない主にはピッタリだの」

「全然……ピッタリじゃねぇ!!」


 元々体が弱く、運動を全くしてこなかった人生だ。


 年下の女の子を追いかけただけで息切れするような俺が、ここまで動けることに軽く感動したが全然途中でどうでも良くなった。


 無理キツい。


 今すぐやめたい。


 ……でも


「主人公の修行編は必須だよな……」

「ふむ」


 俺はもう一度足を進める。


 今すぐやめたい。


 でも、それ以上に強くなりたい。


「俺の憧れてる主人公は、こんなところで負けねぇぞ馬鹿野郎!!」

「ネイン。本当によくやった」


 ネネは楽しげに笑う。


「いつかなってもらうぞ、バカ弟子」


 本物の英雄に



 ◇◆◇◆



「これ……毎日続くのか?」

「そうじゃな」

「明日体が動く気ゼロなんだが」

「安心せい。儂の作ったこのなんかめっちゃ回復するけどめちゃくちゃ不味い薬を飲むのじゃ」

「えらく説明口調な名前の薬だな」

「もちろん効果があるのは検証済みじゃ。じゃが素材が高価過ぎてわざわざここでモンスター狩りをすることになったのじゃ」


 師匠がこんな場所に住んでる理由ってそれかよ。


「いいのか?そんな高価なもの俺に使って」

「投資に決まってるじゃろう。主が将来儂の役に立つことを考えてのものじゃ」

「恩を売られまくってるわけか……」

「安心して使うがよい」


 俺は悪魔との契約をしたのだと錯覚したが、こんな可愛い悪魔ならいいかなと思ってしまった。


 俺は回復薬を飲み、あまりの不味さに吐きそうになるも無理矢理流し込む。


 すると


「か、体が軽くなった……」

「危ない薬をしているようじゃの」

「これって傷とかも治るのか?」

「当たり前じゃろ?」

「すっげー」

「じゃが、あくまで自己治癒を速めるだけのものじゃ。使い過ぎはむしろ体によくない。しっかりと食事と休憩を取った状態での使用を心掛けるんじゃよ」

「うっす、了解っす」


 初めて師匠らしいまともな台詞を聞いた気がする。


「それと先に言っておくが、儂はもう少しここで薬と作った後、王都に向かうつもりじゃ」

「王都って、魔炎龍に滅ぼされかけた?」

「うむ。今では凄まじい発展を遂げておるぞ」

「へぇ、見てみたいな」


 あんな惨状だった場所が一体どのようにして復興したのだろうか。


「一緒に行くかの?」

「俺が……王都に?」

「あそこなら、主が成長する為の色んな手段が揃っておる。本気で強くなりたいのなら、儂について来い」


 師匠の言葉に、俺の心は大きく揺れる。


 この街ですら感動し放題の俺が、王都になんて行けばきっと感動で泡吹いて倒れるだろう。


 異世界に来たのなら、是非とも一度は行ってみたい。


 何より、俺の目標である強くなるという問いに対して師匠が出してくれた一番効率の良い答え。


 行ってみたい。


 未知なる世界を見てみたい。


 でも


「俺、まだこの街でやり残したことがあるんだ」


 愛菜との約束


 芽依の呪い


 それと冬夜に最近してる借金(宿屋を無料で使わせてもらってる)


 色んな事情がまだ残っている。


 このまま全てを置いて、王都に行くことは出来ない。


「ごめん師匠。俺が強くしてくれって頼んだくせに……」

「なに、急な話じゃったからな。何も王都でなくとも主を強くする方法はいくらでもある。何も気負うことはない」


 師匠は優しく俺の頭を撫でる。


 この人とは会ってまだほんの少ししか経っていないが、確かに俺の師匠なんだなと感じた。


「一応、一ヶ月後にもう一度返事を一回聞くからの」

「一めっちゃ言うじゃん」

「本当は二ヶ月後じゃ」

「ノリで喋るなよ」

「まぁその日までは面倒見てやるからの。毎日ここには来るんじゃよ」

「ああ。師匠がいなくなるその日まで、死ぬ気で努力してやんよ」



 ◇◆◇◆



 それから早くも半月が経った。


 最近の日課は朝早くに依頼を受けに行く。


 そこで昼までに依頼を終え、急いで師匠の場所に向かう。


 そこで例の如く死ぬ気で体づくりをし、師匠の作った回復薬をぶち込む。


 そして体は回復しても精神がクタクタな状態で海竜に帰り、そのまま眠る。


 そんな生活を永遠と繰り返していたある日のこと


「おめでとうございます。文清様は今日からDランク冒険者です」

「ほえ?」


 突如手渡された青色のプレート。


「お、俺別に大したことしてませんよ?」

「いえいえ、一日も欠かさず毎日依頼をこなすお姿は私達職員にはしっかりと見えていました。文清様のランクはD級が適切だと、私達は判断しました」


 受付のお姉さんがニコリと笑う。


「これからも頑張って下さい」


 そのまま見送られた俺は、とりあえず


「愛菜ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「ど、どうしたの文清。急に大きな声出して」

「俺D級なった!!」

「え!!本当だ!!凄いよ文清!!」


 二人でワイワイと盛り上がる。


 最終的にはどこかの民族のダンスまで踊り始めた俺らだったが


「でも、お陰で文清が私達のパーティーに入る可能性が増えたわね」

「「確かに」」


 完全に約束を忘れていた俺と愛菜に、現実を見せてくれるネイン。


「バカなの?」

「どうだろう。愛菜はどう思う?」

「どうかな?私は文清はおかしいけどバカじゃないと思うよ?」

「俺も、愛菜はバカだけど可愛いと思う」

「そっか。じゃあ大丈夫だね」


 そんなわけで俺達民族ダンスを続ける。


 その後冷静になり、普通に考えて二人ともバカだと判断した頃


「でもここから先はそう簡単に上がらないわよ」


 ネインが釘を刺すような言葉を吐く。


「私が文清をC級に上がるまでの条件にしたのは、それだけ道のりが険しいからよ」

「そんなに難しいのか?」

「少なくとも、今の文清よりも強い愛菜が一年かかっているくらいよ」


 俺は愛菜を見る。


「うん、本当だよ」

「マジか……」


 正直言うと、もし本当にC級に上がれたなら俺は愛菜のパーティーに入っていいと思っている。


 それだけの実力を見つけたのなら、俺だって二人の足を引っ張らないで済むと考えているからだ。


 だが、聞いた感じC級への道のりはかなり険しい。


「悪い愛菜。先に謝っとく」

「頑張ってよ〜」


 ポカポカと叩かれるが、力をセーブしてくれているのかそこまで痛くない。


 というより


「あれ?文清なんだか筋肉質になったね」

「分かるか?絶賛ムキムキになる途中なんだ」


 俺の体がかなり仕上がってきている。


 まだ半月とはいえ、通常ならオーバーワークと言われても仕方のない方法を薬の効果で無理矢理実行しているわけだ。


 成果が出てもらわないと困る。


「まぁ筋肉がついても魔力が無いと意味ないと思うけどね」

「グハッ!!」


 愛菜の何気ない言葉が胸に刺さる。


「ご、ごめんね。悪気はなかったの」

「いいんだ、俺が一番分かってるから……」


 ある日師匠は言っていた


『我が弟子よ。魔力無しでどこまで人間が強くなるか気にならぬか?』

『気になる!!』


 相変わらず俺の背に乗りながら喋る師匠。


『今の主にはダンジョンのアイテム、そして儂の作った最強のやく、そして儂という偉大な師匠がいるわけじゃ』

『師匠の薬が凄いのは知ってるけど、師匠は結局俺の上に乗ってるだけだよな?』

『黙れ小僧。師匠に口答えするでない』


 ぐりぐりと柔らかい尻を押し付けられる。


 何故か一ミリも興奮はしなかった。


『じゃが、このような試みは儂の知る限り初めてのことじゃ。もし本当に主が魔力を持つ者よりも強くなれば、世界を揺るがす大きな一歩となるじゃろう』

『え?俺結構凄いことやらされてる?』

『儂が凄いのじゃ』


 でも頑張っての俺だよなと言おうとしたが、怒りそうなので言うのをやめた。


『逆に言えば、結果は儂含め世界の誰も知らん。もしかしたら何の結果も得られず終わるかもしれん。主はそれでもついて来てくれるかの?』


 師匠は少し不安そうに俺に尋ねる。


 全く、心配性な師匠だぜ。


『え?その時は普通に魔力取り戻す方法考えるわ』


 普通にやめるに決まってるだろ。


『こんのバカ弟子が!!』


 あの時はああ言ったが


「俺は強くなるぜ、愛菜。魔力があるからって驕ってると、いつか亀さんに追い抜いちまうぜ」

「文清……」

「じゃあ俺、今から師匠の場所に行ってくるから」

「ネネちゃんによろしく伝えておいてくれ」

「お、おう」


 ネインがネネちゃんって言うの凄い違和感あるな。


 まぁいいか。


 そして俺は走りながらレギアの森に向かった。


「……ネイン」

「何?」

「今日は、少し強めのモンスターを倒しに行こうか」

「全く、貴方達本当に似た者どうしね」


 愛菜は自身の短剣に触れ、ネインは置いていた弓を手に取る。


「待ってるだけの女の子なんて時代遅れなんだよ、文清」


 そしてウサギも走り出すのであった。

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