仲直り

 時刻は午後八時頃、金森はいつもより長め風呂から上がって自室の布団に寝ころんでいた。

 精神にしろ、肉体にしろ、疲れている時には横になるのが効果的だろう。

 仰向けになって操作するスマートフォンの画面には、友人たちの充実した日々を報告するSNSが映っていたが、全く集中できなかった。

 今も胸を占めるのは後悔ばかりだ。

 普段あまり使っていない脳は、考え過ぎで眠気を覚える。

 結局ほんの少し眠ってしまって、斧をもったカンガルーが腰を振りながら踊っているのが見えた。

 カンガルーは何かの音に合わせて激しく踊り始める。

 この音は。

「ハッ……も、MOTIN?」

 胸元に落ちたスマートフォンがMOTITITITITIと激しく鳴いている。

 着信画面には清川のアイコンが示されており、慌てて通話を始めた。

 すると、すぐに赤崎も通話に加わる。

「あ、繋がった、かな? よかった。今、電話、平気?」

 控えめな清川の声が聞こえてくる。

「う、うん。私は平気」

 守護者とのことがあり、清川と話すのもなんだか気まずい。

 ぎこちなく頷くと、赤崎も「俺もだ」と同意した。

「そっか、よかったぁ。えへへ、こういう風に電話するの、初めてで。なんか、照れちゃうね」

 金森と赤崎の緊張をよそに、清川は場違いなほどのんびり、のほほんと笑った。

「えっと、清川さん、どうしたの?」

「あ、あのね、守護者さんの事なんだけれど」

「しゅ、守護者がどうしたのだ?」

 スマートフォン越しに、赤崎が狼狽えているのがよく分かる。

「あのね、ちょっと話があるんだって。ほら」

 清川がスピーカーに切り替えると、

「あ、あの、聞こえていますか? やはり、スマホ越しでの会話は、私には難しいのでしょうか?」

 という、守護者の不安そうな声が聞こえてきた。

 同時に、シャカシャカと何かを引っ掻く音も聞こえてくる。

「どうかな、えっと、金森さんに赤崎君、守護者さんの声、聞こえる?」

「う、うん。聞こえてるよ。というか、清川さん守護者と話せるの? もしかして急に見えるようになったりした?」

 まるで会話でもしているかのような清川の様子が気になって質問すると、清川は、うふふ、と笑って答えた。

「違うよ。残念だけれど、私には守護者さんのことは見えないし、聞こえない。でも、守護者さんは、人の言葉を書くことができるから、筆談しているんだ。今は、皆が何を話しているのか分かるように、自分が話した言葉を、書いてくれているの」

 守護者の言葉が少しゆっくりしているのと、何かを引っ掻くような音の理由が分かった。

 金森が「すごいね」と返すと、清川は照れ笑いを浮かべた。

 少し緊張が和らぐと、守護者は一度深呼吸をして「あの……」と話しかけてきた。

 心臓がドキリと跳ねる。

 守護者が何を言い出すのか、金森と赤崎には皆目見当もつかず、大人しく言葉を待った。

「今日は、申し訳ありませんでした」

 声質は固く、シャカシャカとした音が少し鈍る。

 守護者はそれ以上しゃべらず、こちらの返答を待っているようだ。

 裁きを待つ罪人のような態度に、金森の目が丸くなる。

「ちょっと待ってくれ、何の話だ?」

 赤崎が驚いてそう返すと、今度は守護者の方が困惑しているようだった。

「あの、今日のお昼の事は覚えていらっしゃいませんか?」

「いや、もちろん覚えているとも。俺は記憶力が良いからな! そういう話ではなくて、何故謝るのだ、と聞いているのだ。悪い事をしてしまったのは我々だろう?」

 赤崎は堂々とした態度で質問を返す。

「そうだよ。あんなに嫌がっていたのに、無理やりあんなことをして、すごく申し訳なかったと思ってる。謝っても、遅いと思うけれど」

 金森も、ずっと胸の中にあった気持ちを吐き出すと少しだけスッキリしたが、すぐに罪悪感がやってきて落ち込む。

 言葉にすることで、取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と改めて実感したからだ。

 あからさまに落ち込む金森と、謝られたことに対して驚く赤崎に、守護者は恐る恐る声をかけた。

「その、怒っていらっしゃらないのですか?」

「ええ、全然」

「怒ってはいないが怒られていると思っている」

 二人が即答すると、守護者は面食らって言葉に詰まってしまう。

「だって、あの後、話しかけても以前のように無視していただろう? 俺だって流石に悪い事をしたとは思っていたしな」

 無視をされた赤崎は、もちろん涙目になって教室を後にした。

「その、そのことも、申し訳ありませんでした。もしも、お二人がお怒りでなかったとしても、謝らせてください。あの時、お二人は私のことを考えてくださっていたのに、悪態をついてしまって、無視をしてしまって、申し訳ありませんでした」

 姿は見えないが、画面の向こうで守護者が深々と頭を下げているのが想像できた。

 通話を始めた時点で寝転がるのを止めて体育座りをしていた金森だったが、守護者の態度から自身も正座をすることにした。

「本当は、分かっていたのです。私と藍は決して切り離せぬ存在で、自分のことを知ろうとすれば、確実に藍を巻き込んでしまうことも。巻き込まなければ、ほしい情報など手に入れられない、ということも」

 途切れることなく、守護者の告白は続く。

「藍を守るはずの自分が、藍を傷つけてしまうかもしれない。そのことが、酷く恐ろしかったのです。そして、弱い私は、目を逸らしたまま金森さんに相談しました。けれど結局、その問題は残り続け、あの時に、はっきりとその姿を現しました」

 声は震えている。

 文字を書く音も弱弱しくて、こちらは時折止まりそうになる。

 きっと、これは守護者の本心で、誰にも見せたくなかった弱い部分だ。

「八つ当たりだったんです。怖い、嫌だって、まるで、子供みたいですね。そのくせ、本気で貴方たちを止めることもしませんでした。本心では、藍に気づいてもらいたかったのです。藍の協力が必要だって、分かっていたのです」

 「醜いですね」そう呟いた声は、聞き間違いかと思うほどに小さい。

 金森が何も言えずにいると、赤崎が堂々と返事をした。

「そんなことはないさ。清川藍を全力で守ろうとしたお前の心は美しい。醜くなどない! それに、お前が謝るというのならば俺も謝ろう。あの時、お前の気持ちに配慮してやることができず、すまなかった」

「私も、ごめんなさい。あんなに嫌がっていたのに、酷いことして。あの後、反省したの。あれは悪かったなって。私達は、もちろんあなたを許すよ。だから、もしよかったら、貴方も私たちを許してくれる?」

 守護者は震える声で、「はい」と返事をした。

「よがったねえ、守護者さん」

 感極まって泣いているらしい清川の、掠れた声が聞こえてくる。

「あ、藍? 大丈夫ですか、泣かないでください。ほら、これで顔を拭いて、鼻をかんでくださいね」

 甲斐甲斐しく世話をする守護者の声も聞こえてきた。

 スピーカー越しに聞こえる音は、ガチャガチャと騒がしい。

「あ、清川さん。ごめんね、今まで蚊帳の外だったね。それに、今日も、いきなり変な話してごめんね。きっと、戸惑ったよね」

「う、うん。全然、平気。教えても、らえて、嬉しかったよ。ううっ」

 号泣した清川の声が聞こえてきて、なんだか笑ってしまう。

「しかし、清川藍もよく信じたな。嬉しくはあったが、清川藍は闇のナイトではなかろう? なぜ信じてくれたのだ?」

 赤崎の中で、マボロシが見えるモノ=闇のナイトのようだ。

「もともと、守護者さん、みだいな、ひどが、いだら良いなって、おもっでだから。それに、赤崎、くんが、よく分からないどこ、見てたり、話したりしたの、辻褄あった、から。金森、さんは、嘘つかないと、おもっだじ」

 清川の声はとぎれとぎれで嗚咽交じりだが、何とか聞き取ることはできた。

 金森は自身への信頼を喜ぶとともに、『明後日の方を向いて何かと喋るヤバい奴と昼飯を食べてた清川さんって……』と、遠い目をしていた。

 そのまま、清川が落ち着くまで少し待ってから今後について改めて話し合う。

 当初の予定通り、守護者が初めて清川を救った時のことを思い出すことになった。

 ひとまず、二人は出来るだけ記憶を遡って昔起こった危険を思い出し、何か分かったら連絡する、とのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る