第8話

 ほんの少し健太郎の胸から頭を浮かせ、亜美は呆れたように健太郎を見る。

 そしてまたすぐに、健太郎の胸に頭を預けた。


「どんだけロマンチスト男子なの」

「だめ?」

「悪くない」

「亜美ちゃんそれ、何目線」


 健太郎の言葉に、亜美が小さく吹き出す。


「ねぇ、健太郎」

「・・・・まだなにかあるの?」

「何言ってるの、これからでしょ」


 言いながら健太郎の胸から体を起こした亜美の片手が、首をなぞりながら健太郎の頬へとゆっくりと移動する。

 ゾクリとした疼きを覚えながら見上げた健太郎の視線の先には、何やら企んでいそうな亜美の笑顔。


「いつまでも王子様の心を掴み続ける為に、シンデレラはどうすると思う?」

「え?」

「結ばれてめでたしめでたし、で終わりじゃないでしょ、人生。むしろ、その先の方が長いんだし」


 艶めかしい笑みの形を取る亜美の唇が、次第に健太郎へと近づく。


「でも、あくまでシンデレラは物語で」

「じゃあ、あたしは、どうすると思う?」

「えっ」

「健太郎の心を摑み続けるために」


 亜美の吐息が、健太郎の唇を掠める。

 お互いの唇の距離は、ほんのわずか。


「亜美ちゃん・・・・」


 けれども、健太郎が期待した温もりは、次の瞬間にはあっさりと遠ざかっていた。


「えっ・・・・えっ?!」

「宿題だよ、健太郎。答えがわかるまで、オ・ア・ズ・ケ」

「ちょっ、亜美ちゃんっ?!」

「じゃ、あたしもう帰るねー」


 ニッと白い歯を見せながら邪気の欠片もないような笑顔を見せると、呆気に取られる健太郎を置いてけぼりにして、亜美は本当に部屋から出て行ってしまった。


 呆然としたままふと見たテーブルの上には、ふたつのスマホが仲良く並んだまま。

 部屋の窓から覗く太陽は、まだ休日が終わるまでかなりの時間があることを知らせている。


「・・・・追いかけろっ、てことだよね、これ。絶対に」


 慌ててふたつのスマホと財布の入ったいつものカバンを手に、健太郎も部屋を出る。

 と。


「よくできました♪」


 部屋のすぐ外には、嬉しそうに微笑む亜美の姿が。


「王子様も案外、あのあと大変だったのかもしれないなぁ・・・・」


 思わず呟いた健太郎の腕に甘えるように腕を絡めて亜美が囁く。


「でもその分、愛おしさは増し続けると思わない?」


 確かにそうかもしれない、と。

 亜美の温もりを感じながら、健太郎は思った。

 なぜなら今この瞬間も、亜美を愛おしく想う健太郎の気持ちは、未だに膨らみ続けているのだから。

 これもきっと、亜美の努力の賜物なのだろうと、健太郎は頭の下がる思いだった。


「さてお姫様。今日はどちらへ参りましょうか?」

「そうねぇ・・・・美味しいものが食べたいわ」

「仰せのままに」


 戯けて答えた健太郎の耳に、亜美の小さな呟きが届く。


「女はあざと可愛く、強かでナンボ」


 応えるように、健太郎もボソリと呟く。


「悪くない」

「ちょっと健太郎、それ何目線?!」

「さぁ?」


 お互いに目を見合わせ、同時に吹き出しながら健太郎は思っていた。

 想いを寄せる人の心を掴むために、あざとくも可愛くも強くもなれる女の子は、もはや称賛に値するのではないかと。

 そして。

 そんな女の子、亜美にこんなにも想われている自分はきっと、シンデレラの王子様よりも幸せ者だと。


「幸せだなぁ・・・・」


 ほんわかと幸せ顔の健太郎の口から漏れ出た呟きに。

 亜美も絡めた健太郎の腕をギュッと抱きしめて、幸せそうな笑顔を浮かべた。


【終】

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