ガラスの靴はなぜ脱げた?

平 遊

第1話

「やっぱさ、物語はハッピーエンドがいいよね」


 もう何度も観た【シンデレラ】の映画。

 数えきれないほど観たその映画を、休日の昼間に川瀬健太郎は心ゆくまで味わっていた。

 隣には、大切な彼女の依田亜美がいてくれる。

 この上なく、幸せな休日。

 健太郎は、いわゆる【ロマンチスト男子】。ファンタジー系のロマンチックハッピーエンドの童話や物語、映画が大好物。

 そして、数ある童話の中でも、健太郎は特にこの【シンデレラ】を、幼い頃から殊の外気に入っていたらしい。

 健太郎の姉曰く


『絵本なんて、もともと私のだったのに、健太郎が泣いて欲しがるからあげたのよ。わたしはそれほど絵本に興味無かったしさ。そうしたらもう、本のカドが擦り切れるほど何回も読んでるのよ、健太郎。出掛けるときも寝るときも手放さずに。あの子のシンデレラ好きは、ほんと異常ね』


 とのこと。


 心の底から幸福感に浸る健太郎。

 だが、時折その幸福感にに茶々を入れる人がいる。

 彼女の亜美だ。

 亜美曰く、


『あまりにもほんわか幸せそうな健太郎の顔見てると、ちょっと揶揄いたくなっちゃうんだよね』


 とのこと。


「でも、シンデレラってさ、ほんとは」

「亜美ちゃん、シッ!」


 いつもの如く飛んできた言葉の先を言わせまいと、健太郎はすかさず亜美の言葉を遮る。


【シンデレラって、本当は残酷な話なんだよね】


 健太郎が発言を阻止した、亜美の言葉。

 グリム童話のシンデレラは、結構な残酷描写がある。

 どちらかと言えば、亜美はグリム童話のシンデレラの方が好きだという。世の中万事丸く収まることなどそうそう有るはずがないのだし、なにより、シンデレラに意地悪をし続けた継母や義姉には天罰が下るべきだと。

 確かに、グリム童話のシンデレラは、その点残酷とは言えスカッとするものがある。

 けれども、健太郎が愛するシンデレラは、ザ・ファンタジー、かつ、誰もがザ・ハッピーエンドの方のシンデレラ。


 世知辛く、なにかと生きづらい世の中だからこそ、物語くらいファンタジックでハッピーな方がいいじゃないか。


 というのが、健太郎の持論だ。


「ねぇ、健太郎」

「ん~?」


 健太郎は引き続き、目を閉じたまま映画の余韻を楽しんでいた。

 だが、どうやらそれがまたいけなかったらしい。

 同じ空間に二人きりでいながらにして置いてけぼりをくった亜美から、幸せ気分に浸る健太郎に向けて遂に第二の矢が放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る