18湯目 温泉ツーリング同好会の謎

 分杭先生がおもむろに語り出したのは、この温泉ツーリング同好会にとって、「最大の謎」でもある、あの問題だった。


 一応は、教師らしくホワイトボードを背にして、語り出す分杭先生の姿はどこか「様になっている」。


 だが、ホワイトボードを一切使わない辺りが、面倒臭がり屋の彼女らしい。


「まず、同好会設立うんぬんの話以前なのだが」

 と前置きして、彼女は、私たち全員に問いかけた。


「お前ら、不思議に思わなかったか? 部費もロクにない、他の部活動のように『大会』も『成果』もない。なのに何故この同好会が持ってるのかを」

 私は薄々それについては、疑問に思っていたが、この中でも賢い琴葉先輩は気づいていたようで、


「確かに」

 と、小さく呟き、頷いていた。


 だが、

「考えたことないヨー」

「あたしも。別にどうでもいいしな」

 とフィオと、まどか先輩に至っては、どこか投げやりだ。


「私は入ったばかりなので、よくわかりませんけど」

 花音ちゃんはまあ、しょうがないだろう。


 小さく溜め息をついて、分杭先生が続ける。

「何故だと思う?」


「わかりませーん」

「右に同じく」

 フィオとまどか先輩の、反射的に返ってきた、あまりにも早すぎる答えに、分杭先生は溜め息を突いて、毒づいた。


「お前らなあ。少しは考えろ。他の奴らはどうだ?」

 私や琴葉先輩、花音ちゃんに回ってきた。


「えーと。分杭先生が、校長にコネがあって、優遇してもらってるから、ですか?」

 私が仕方なく、絞り出した答えを告げるが。


「違うな。そもそも私にそんな権限はない。28歳の一介の教師なんて、そんなもんだ」


 花音ちゃんは、考え込んだまま。琴葉先輩も同じように考え込んでいたが、彼女はどちらかというと「考えをまとめている」ように見えた。


「あ、わかったヨ」

 フィオだった。さっき呆れられていたから、「汚名返上」とばかりに口を開いたが、その答えが、実に珍妙なものだった。


「先生ことだから、校長をカツアゲして、脅してるんでしょ。『金出せや、コラ。出さんかったらヤッチマウゾ、コラ!』って」

 どこのヤクザ映画の世界だ。


「ちげーよ! お前は私を何だと思ってるんだ?」

「えー。違うの? だって、この前見た、ヤクザ映画で、着物を着た女性が『ヤッチマイナ!』って言ってたよ」

 いやいや。フィオは、何の「映画」を見たんだ? と突っ込みたくなると同時に笑いが込み上げてきて、私は吹き出しそうになるのを我慢する羽目に陥る。


 辺りが、諦めの雰囲気に包まれ、分杭先生が深い溜め息を突く中。

「バックに強力な出資者パトロンがいるから、ですか?」

 冷静に眼鏡の奥から覗き込むように、先生に声をかけていたのは、もちろん琴葉先輩だった。


「さすがだな、三國。正解だ」

 そう呟いて、分杭先生は、ようやく「答え」を明かしてくれるのだった。


「まあ、正確には『強力ではないが、そこそこ金持ちの出資者がいる』だ」


「誰ですか?」

 まどか先輩が、声をかける中、彼女は冷静に、


「まあ、落ち着け。順番に話してやる」

 と言った後、どこか遠い目をしながら語り出したのだった。


「今から12年くらい前だ。今はここの卒業生、つまりOBの男子生徒が、この高校に在学中に『ツーリング部』を作った。それがそもそもの発端だ」


「へえ。最初は『ツーリング部』だったんですね」

「じゃあ、どうしてそれが今みたいな『温泉ツーリング同好会』になったんですか?」

 まどか先輩と、琴葉先輩の反応に、彼女は静かに続ける。


「ああ。それはな。まあ、私はもう卒業してたから、詳しくは知らんが、その作った生徒が卒業した後に入った生徒が、どこかの温泉宿の息子らしくてな。それで趣味と実益を兼ねて『温泉ツーリング同好会』にしたって噂だ」

 さすがに12年も前の話だと、私たちにはわかるはずもないだろう。

 何しろ、12年前は2017年。

 私はその頃、まだ5歳。先輩たちも6歳。花音ちゃんは4歳だっただろうから。


「へえ」

 まどか先輩を始め、みんなが納得したように頷く中、いよいよ話の核心に迫ることになったのだ。


「で、その出資者ってのは誰なの?」

「そいつだよ」


「そいつ?」

「ああ。その初代『ツーリング部』を作った部長だ」


「ええっ」

 私を始め、みんなが驚嘆の声を上げる中、私たちが何も知らない真実が、彼女の口から語られ始めたのだ。


「そいつは、卒業後に、ある事業を始めた。それが当たって、大儲けしたんだ。で、せっかくだから、母校で世話になった部活に恩返しがしたいと思ったらしく、毎年、一定の額の資金を、学校に送っていたというわけだ。お陰で、ここは、『ツーリング部』から『温泉ツーリング同好会』に名前が変わっても、部費は常に一定に保たれていた。だろ、会計係?」


 彼女が指名したのは、もちろん琴葉先輩で、彼女は部長、いや会長のまどか先輩が面倒くさがって、一切やろうともしない、「会計」全般も担当していた。

 そのため、部、いや同好会の「資金」については、基本的に彼女が管理している。

 もっとも、適当なまどか先輩よりは、しっかり者の琴葉先輩の方が、適任者だろうけど。


「ええ。その通りです。部活動や同好会は、もちろん生徒会から毎年一定の金額を割り当てられますが、それとは別に毎年、3月末の決算期に、常に一定額が振り込まれてました。わたしも実は気になっていたんですが」

 知らなかった。


 それは、当然ながら私もそうだが、まどか先輩も、フィオも、そして花音ちゃんもだった。

 私やフィオや花音ちゃんはともかく、会長が知らないってのは、どうかと思うけど。


「で、何で『廃部の危機』なわけ?」

 まどか先輩は相変わらず先生に対して、タメ口だが、その一言に、分杭先生は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、絞り出すようにしゃべった。


「そいつの事業が、最近、失敗して、会社が倒産したらしいんだ。だから、そんな出資をしている余裕がなくなった」

 まあ、ここまで聞いたからには、それは予想できたことだったが。


 それよりも、面白いことを考えていた人が、分杭先生に迫る。

「由梨ちゃん。何で、そんなにその男について詳しいの?」

 もちろんまどか先輩だ。


「ああ。そいつと私は同級生でな。かつて同じ『ツーリング部』に所属していたからだ」

「マジで!」


 さすがに全員から、同じような反応が飛んでいた。分杭先生がかつて「バイク乗り」でここの卒業生だということは聞いていたが、温泉ツーリング同好会の前身でもあるツーリング部に所属していたとは思わなかった。

 だが、そんなこととは全く関係がないことに、鋭く突っ込みを入れていたのは、フィオだった。


「先生。その男の人と、どういう関係だったんですか? あ、カレシ?」

 嬉しそうに探るあたり、やっぱり彼女はある意味、「恋の国」イタリア出身者らしいところがある。


 だが、分杭先生の回答は、何とも素っ気ないものだった。

「ちげーよ。彼氏でも何でもねえ。ただの同級生だ。しかもそいつには奥さんも子供もいる。だが、まあ一応今も仲間内で多少のやり取りはあってな。正確には私も、人づてに倒産のことを聞いたんだ」


「でも、それじゃ、その人がまた会社を作るのを待つんですか? それとも再就職先が見つかるまで、ですか?」

 私が問いかける。そこが一番の「キモ」だったからだ。


 だが、分杭先生の答えは、違っていた。それは私たちの想像の斜め上の回答だったのだ。

「残念だが、それは無理だな」

「どうしてですか?」


「そいつはな。奥さんと子供を残して、失踪したからだ」

「マジで!」

 もう何度目の驚きだろうか。だが、さすがにその回答は予想していなかった。

 みんなが押し黙る中、分杭先生が軽く説明する。


 曰く。その男は、事業が失敗して、会社は倒産したが、当然ながら多額の借金を抱えており、不良債権を抱えたまま、失踪したという。

 いわゆる「夜逃げ」という奴で、経営に息詰まると、日本人の中にはこれをやるか、自殺する者が多いという。


 とにかく、その男の行方は知れず、金も当然、今後一切振り込まれないことだけは間違いない事実のようだった。


 そこで、この先、どうするかが問題になるのだった。

 どうすれば「金」を手に入れることが出来るのか。つまり、このままだと「存続」すら危うい状況だということだった。

 悲しいことに、世の中は全て「金」で動いているのだ。

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