第8話 決定的な写真

「んじゃ、二人で話したいこともあるだろし、アタシはここらで退散しとく。また話してね高梨くん。遥香、終わったら連絡して」


「分かった。後でね」


 島崎先輩は車から出ると、商業施設の中へと入っていった。


「元気一杯な人ですね」


「でしょ? でも見た目と印象に騙されない方がいいわよ。芽衣ってああ見えて結構したたかだから」


「そうなんですか? あまり想像できませんね」


「厄介なことに、あれが芽衣の素だからね」


 人は見た目で判断しない方がいいと聞くが、島崎先輩がそれなのだろう。

 実はとんでもない腹黒でした……なんてことになったら人間不信になりそうだ。


「島崎先輩にはどこまで話したんですか?」


「表向きは全部。『浮気されたから復讐する』ってことにしてある。明里のことについてはノータッチよ。というより、ツッコミどころはあるけど、芽衣自身が深くは踏み込まないようにしてくれてるって言う方が正しいわね」


「島崎先輩がそうするのも折り込み済みで巻き込んだってことですね」


「さあ、どうかしらね」


 はぐらかされたが、信用できる協力者ならそれでいい。


「芽衣は私達が何をするにせよ、それが最終的に友達のためになるならって手を貸してくれてるのよ」


 表向きも裏向きも関係なく、この復讐で少なからず藍沢先輩の心は傷を負う。

 だが酷いことを言えば、そのぐらいのフォローはいくらでもできる。

 おそらく島崎先輩にとっての優先事項は白石先輩への協力。それと藍沢先輩と猿司の破局。

 復讐には関心がないから、余計に踏み込むことはしない。



「そういえば噂で聞いたんだけど、高梨さ、山下って二年に告白されたの?」


「え?」


 思わず先輩の方へ振り向いてしまった。


「なんですかその噂」


「芽衣が後輩から聞いてきたらしくてね。本当なの?」


「似たようなことはありましたが、そんな事実はないです」


 廊下での俺と山下のやりとりを見ていた誰かが広めたかもしれないな。


「似たようなことってなによ……っていうか高梨、何か動いていんの?」


 訝しむように白石先輩が俺を見る。


「特に何もしてません。決定的な証拠を掴むまでは大人しくしていますよ」


「ならいいわ……じゃあ、私も行くわね」


「はい、お疲れ様でした」


 周りを確認した後、白石先輩は車から出た。

 そのまま振り返ることなく、商業施設の中へと姿を消した。




 ◆◇◆◇




 十月二十九日。白石先輩が言っていた温泉旅行の初日。

 この日に合わせて俺は実家に帰り、彩乃にもその旨を言っておいた。

 藍沢先輩は予定通り温泉旅行へ。

 これで猿司と彩乃はフリー。


 時刻は八時半。

 ここまで電話がないということは、二人の尾行は順調なようだ。

 俺は座椅子に座りながら天井を見上げ、静かに目を閉じた。


 彩乃と付き合ったのは、去年の年末のことだ。

 俺が所属しているサークル『L・E』の三年生が主催した忘年会。その会場裏で俺は彼女に告白をされた。

 信じられなかった。

 人気者の彩乃が俺に好意を寄せてくれていたなんて。


「翔が心に何かを背負ってるのは分かってる。いつかでいいの。いつか……翔が背負ってるものを……あたしにも背負わせてくれない?」


 断ろうとしていた俺に、彩乃は回り込むように告げた。

 素直に嬉しいと感じた。

 俺の態度は彼女にとって優しいものじゃなかったはずだ。

 けどなぜか……彩乃は俺に構い続けていた。


「彩乃……」


「んー?」


「彩乃はなんで、俺のことを好きなってくれたんだ……?」


 付き合ってからいつかの夜、俺は彩乃に答えを求めた。

 彩乃は言いづらそうに顔を真っ赤にさせながら、恥ずかしそうに小さな声で


「う、嬉しかったから……」


 一言そう答えてくれた。

 何がとは思ったが、これ以上の答えを求めるのは野暮のように思えて遠慮した。

 きっかけはなんであれ、彩乃は俺と付き合っている。

 その事実だけで十分だと思っていたが、今考えれば、この頃から少しずつ綻びが生まれていったんだろう。


「ごめんな、彩乃……」


 自然と出てきた謝罪の言葉。誰も耳に届くわけでもなく、虚しく消えていく。

 すると、スマホに着信がかかる。

 画面を確認みると相手は白石先輩だった。

 俺は通話ボタンを押して、スマホを耳元に近づける。


『成功しました。フリーメールを見てください』


 そう言って、一方的に切られた。

 そして——言われた通りに確認してみると一件のメールが届いている。


 開いてみれば、猿司と彩乃が一緒にデートをする写真と……ホテルへ入っていく写真があった。

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