第3話 荷馬車


 ユラと少年が共に旅をするようになり、13日が過ぎる。いつの間にか隣に少年がいることが当たり前になったユラは、宿の部屋で地図を前に考え事にふける。少年は一足先にベッドで横になり寝息を立てている。


(数日中にイーロ共和国を出て、隣のタジタン王国に行きたいなぁ。そのあとヒナヤには船で戻る予定なんだが・・・)


 元々の予定を書き込んだ手帳を見ながらユラは頭を抱える。旅路に特にトラブルはなく、仕事は順調に進んでいる。特に旅程として問題は無いのだが、ユラは暗い部屋で寝いっている少年を見て眉間に皺を寄せる。


(国境を超えるとなると・・・)


 国境沿いには必ず関所があり、身分証の提示を求められる。それにここから船でヒナヤ国に戻るにしても国をまたぐため、必ず身分証がいる。だが、ユラがロコの町で出会った赤い少年は身分証など持っていない様子だった。どこの国の出身なのか、もともとイーロ共和国の人間なのか分からない。


 少年と共に国境を越えたいが、身分証問題が生じユラは頭を抱える。元々、気になったという理由で旅に同行させておりユラは少年をどうしてやったらいいのかという計画すらない。


 イーロ共和国で難民申請すれば良いかと思ったが、申請と承認にはかなりの時間と手間がかかり、ユラの滞在中にできるものではなかった。かと言って、養子にして何とか家族身分証の発行をと思ったが、それこそ養子認定のほうがハードルが高い。


 闇業者に金を積めば偽の身分証など発行できるという噂を聞いたことはあるが、まっとうな生き方をしてきたユラはまず闇業者がどこにいるのかも分からない。


(密入国させるか?いや、こんな子を一人でそんなことさせるのは・・・)


 元々、自分の無計画さで少年を連れ回しており、こちらの都合で少年を危ない目に遭わせることには気が引ける。

 かと言って名案も思いつかず、ユラは毎日悩んでは答えの出せない夜を過ごす。



 そうしてユラが頭を悩ませ3日ほどが経過し、明暗が思いつく訳でも無く無駄に時間だけが過ぎていった。頭を抱えるユラは、少年と共に市場へと立ち寄る。


「おー!ユラじゃないか、久しぶりだな」


 そんなユラに誰かが話しかけてくる。色んな不安を払拭するかのような明るい声にユラは自然と表情を崩し、声の主の方を振り向く。


「ラリー、久しぶりだな。元気にしてたか?」


 振り返ると、そこには背の高い男が笑顔で立っていた。細く骨ばった体格の、どこか顔色が悪そうな男はにこりと微笑む。ユラは笑って談笑を始めるが、少年は警戒心に満ちた視線をラリーと呼ばれた男へと向ける。それはユラに当初向けていた視線よりも幾分か鋭く、何かを見定めるかのようだった。


 談笑していた二人だが、刺すような視線にラリーは少年に目を向ける。


「君はユラの助手かい?」


 少年の鋭い視線をものともせず、笑顔で少年に話しかける。


「この子は弟子みたいなもんだ、虐めてやるなよ。少年、この人はラリー。世界各地の工芸品や調度品を仕入れている商人仲間だ」


 ユラからの紹介に少年は視線はそのままで軽くラリーに会釈する。そこにどんな感情があるのかは分からないが、ラリーは深く追求はせずに軽く挨拶をするだけに留めた。


 それからはユラと少年、ラリーの三人で旅路を進むこととなった。偶然にもラリーの進もうと思っていた道と、ユラたちが進む道がな時だった。

 ユラとラリーは仲良く話しながら歩き、少年はその少し後ろを着いていく。ユラとラリーは扱うものが違う商人同士であり、本来はそれほど関わるものでもなかった。数年前、立ち寄った街でスリにあい絶望していたラリーに、偶然通りかかったユラが声をかけ助けたのが二人の出会いだった。それ以来、二人は時に連絡を取り合い各国や街の情勢についてや、それぞれが関わる市場の情報を交換していた。


 ユラとラリーが再開したその晩、宿で一足先に少年は夢の世界へと足を踏み入れる。少年が寝行ったことを確認したユラはラリーの部屋を尋ねる。

 久々の再会に乾杯し、酒を片手に二人は最近あったことなどを話す。


「それでな、ラリー。ちょっと聞きたいことがあって」


「勿体ぶってどうした」


 室内に電気があるとはいえ、安宿の電球の光はたかだか知れており室内はどこか薄暗い。そこにラリーの妙に痩せ細った病弱そうな様子はどこか背筋がぞっとするところがある。初めてであった頃からユラはラリーのそのやせ細った姿に心配をしているが、何年経っても変わることの無いラリーの姿に、彼はそれが標準あのだと思っている。


「一緒に連れている、あの少年なんだが・・・。どうもわけアリのようでな、この先の国境を超える方法が無くて」


 酒を飲もうと口に含んでいたラリーは思わぬユラの言葉に、思わず口に含んだ酒を吐き出す。


「え、ちょっと待て。どういうことだ」


 ユラから無愛想な赤髪の少年は弟子のようなものだと紹介されており、どこかしらの誰かの子供で商人見習いなのか、それともどこかのユラの知り合いの子供で何らかの理由で商人の修行をさせられているのかなどと思っていた。


「少年は身分証がない。難民申請も養子申請も時間がかかりすぎて現実的じゃないんだ。かと言って置いていくのもな・・・」


「ちょ、ちょい待ち。お前・・・どこの誰かも分からねぇ子供を連れて回ってたのか?」


 頭を抱え話続けるユラにラリーは思わず立ち上がり口を開く。久しぶりに出会った友人の思わぬ言葉に驚きが隠せない。ラリーとユラの出会いはユラのお人好しによるものであり、その性格や人となりをラリーは理解しているし、だからこそ信頼もしている。承認と言う仕事柄、信用と言うものは非常に大きな武器にもなり、そういう面でもラリーはユラを尊敬すらしている。


「放っておけなくて」


 うつむきながら頭を抱えるユラにラリーはかける言葉が見つからず、酒を一口飲む。この地域特有の地酒は少し辛みを帯び、どこかユラの現状の世知辛さを示しているようだった。


 ユラの話を聞きながらラリーは表情が険しくなる。商人をして世界各国を渡り歩くからこそ、国を越えるということに慣れてはいるが、それが簡単なことではないことを痛感している。国や文化が違えばルールや常識など何もかもが違ってくるし、そんな余所者をいれるからには最低限の身分の証明が必要となる。身分証のない人間は国を出ることも、他の国にはいることもできない。


「俺も少し何か手だてがないか探してみるが、正直難しいぞ。ユラ」


「悪いな、ラリー」


 頭を抱えたユラは友人に深々と頭を下げる。大柄なユラがどこかこじんまりとして見えるほど、今彼は追い込まれているようだった。





 それから数日、ユラと少年はラリーと共に旅路を進む。特にこれといった産地というわけではない町を渡り歩く。

 そんな中、ラリーはある夜にユラと再度晩酌をする。今まで旅先であったり、情報交換のために会うことはあっても、これほど長い旅路を共にしたことはなかった。


「ユラ、朗報だ。難民をこっそり他国に送ってくれる団体があるみたいで、どうやらこの先の町に今そいつらがいるらしい」


 行動を共にしながらもラリーは自信の持つ情報網や知り合いを駆使し、なんとか少年を助けられないかと水面下で動いていた。


「ほんとか?!」


 食い入るようなユラの迫力にラリーは少し圧倒されるが、首をたてにふる。


「秘密裏に動いている団体みたいで俺も詳しくは知らない。荷馬車に数名を潜ませて隣国まで送ってくれるらしい。違法っちゃ違法だからリスクは高いらしいが」


 難民や貧困ゆえの身分証などがない人間は、その国にいても救うことができない現状がある。だからといって、それを黙ってみておくことはできないという人たちが立ち上げた組織や団体がある。だが、そのような人たちでさえ救いたい人間を思うように救うことはできない。基本的には衣食住の提供にとどまり、ときに長い時間をかけて国や役所に国籍などの取得を働きかけるので精一杯だという。


 けれど、世界には今目の前の人物が今このときの助けを求めていることがある。薬や治療のためにどうしても国を越えなければならないこともある。そういった場合には合法的な手段ではどうすることもできないときがある。


 法律を犯すゆえのリスクはあるし、捕まったときに誰も守ってはやれない。


「ありがとう、ラリー。その人たちに頼みたいんだが」


 それでもユラは少年が助かるのならば致し方ないと思う。法律も法令も守らなければならないと思うし、そもそも犯すつもりもない。だが、目の前の人間一人を助けられないのならば、ユラにとってルールなどあってもなくても同じようなものだった。



 その翌日、三人は隣町に足を運びいれる。そこで隣町に木材などの資材をのせる業者に扮した団体と接触を試み、意外にもあっさり少年のことを引き受けてくれた。リスクも生じるし、道中の関所の通行料などもかかるため幾分かの手数料がとられたがユラにとっては、それで少年がなんとかなるのなら安いものだった。


 少年には国を越えるための手段であることは伝えており、多少驚きはしたものの静かに首をたてに振って了承してくれた。


 古い荷馬車の資材の隙間に隠れるように入っていく少年をみながら、ユラは心配と寂しさで心が溢れる。この手段を選んだとはいえ、リスクがある。もし関所で荷物を確かめられたらどうしよう、少年が捕まったらどうしよう・・・そんな心配がつきない。



 しかし、ユラの心配をよそに荷馬車は粛々と準備を進め隣国へと出発する。

 小さくなっていく赤い少年を乗せた荷馬車を見送りながら、ユラは早く隣国へとたどり着き少年を迎えようと強く決意するのだった。



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