八、王都の姫(二)

「よし、珀富に行くわよ」

「日が暮れるまでには、城へお帰り下さいませね」

「大丈夫、分かってるわよ」

 珀富は、王都の中でも呉服店や飲食店の集まる繁華街で、若者たちの流行の発信地にもなっている。

「珀富も久し振りだわ。土地神様のおっしゃっていた、看板商品も食べたいわねぇ」

 流行物の好きな宝劉は楽しそうだ。

「かわいい反物があったら、買ってもいいかしら?」

 目を輝かせる宝劉に、彩香は苦笑する。

「手持ちがあまりございません。残念ですが、布地はまた今度になさってください」

「そう、残念……甘味処は? 行ってもいい?」

「ええ、そのくらいなら」

「やったぁ!」

 騒がしい王都の中でもさらにかしましい珀富に着くと、宝劉はさっそく新しくできたという甘味処を探す。

「たしか、港心堂の斜め前って言ってたわよね」

 言ってたわよねと言われても、神様の言葉なので宝劉以外は聞いていない。彩香と舜䋝が反応に困っているうちに、宝劉は目的の店を見つけた。

「あ、あったわ!」

 京芳と書かれた青い幟の立つその店の前には、行列ができていた。

「並ぶわよ~」

 宝劉は笑顔で、列の最後尾につく。そんなに長い列ではないが、連れの二人は時間を気にしていた。

 舜䋝は一旦列を離れ、入口に立っていた店員に声をかける。

「あの、どのくらい並ぶか分かりますか?」

「ああ、店の中は広くしてありますから。四半刻も並ばないんじゃないかな」

「そうですか、ありがとうございます」

 列に戻り、彩香に時間を伝える。

 その程度ならまあ良いだろうと、彩香はうなずいた。

「宝劉様、その看板商品を食べたら、城へ帰りますからね」

「はーい」

 宝劉は返事をし、彩香と話し始める。

「それにしても、看板商品って何かしら?」

「あそこに貼り紙がございますね」

「あら、本当ね。えーと……『くず餅』ですって。聞いた事無いわね」

「新しいお菓子でしょうか」

「気になるわ」

 舜䋝には一向に話しかけないところを見ると、宝劉が話してくれないという彼の主張は、思い込みではないかもしれない。

 難しい事にならないといいけれど、と彩香は案じたが、まあ二人なら大丈夫だろうと楽観的でいる事にした。

 一行は段々と列の中を移動し、店員の言った通り四半刻も待たずに店内へ入った。

「あら、きれいなお店ね」

 新しいだけあって、店の中はまだ木と畳の匂いがしていた。

 店員に看板商品の『くず餅』を注文し、席で待つ。

「どんな物が来るのかしら?」

「餅の一種のようですし、白いのではないでしょうか」

「どうかしら、楽しみだわ」

 ここでも宝劉は、舜䋝に話しかけない。彩香の隣で、舜䋝は目に涙をためる。

 その時だった。

「え、ちょっと舜䋝? どうしたの?」

 宝劉がそれに驚いて、舜䋝に声をかけたのだ。

「え……?」

 舜䋝も目を丸くする。

「やだ、なんで泣きそうになってるのよ? 何かあったの?」

「え、えーと……いや、何でもありません」

「そう? なら、いいんだけど……」

 どうやら舜䋝を無視していた訳では無いようだ。それが分かっただけで、舜䋝の涙は嬉しいものに変わる。

 結局涙をこぼした舜䋝は、事情を分かっていない宝劉をさらに驚かせる。

「どうしたのよ?」

「本当に、何もないので……大丈夫です」

「そんなこと言ったって、話さなきゃわからないわよ?」

「まあまあ」

 事情を分かっている彩香が、間に割って入った。

「舜䋝も、旅の疲れが出たようですわ」

「そうなの? 私、相当無理をさせてしまったのね、ごめんなさい」

 謝られてしまうと、舜䋝と彩香は申し訳なく思う。苦笑をこらえる彩香の横で、舜䋝は涙を拭った。

「『くず餅』を食べたら、城へ帰りましょう。兄様も待ち焦がれているでしょうから」

「ええ、そのように」

 誤解が解けたところで、『くず餅』が運ばれてきた。

「……何これ?」

「……『くず餅』ですわ」

「……餅ですか、これ?」

 三人の前には、何やら四角い灰白色が、皿の上でぷるんとしていた。

「お好みで、黒蜜やきな粉をかけてお召し上がりください」

 店員はそう言って去っていく。

「これ、食べられるのかしら?」

「甘味処ですし、食べられない物は出さないかと」

「毒見しましょうか?」

 宝劉はしばらく『くず餅』を観察していたが、やがて黒蜜をそれに垂らした。

「いただきます」

 楊枝を手にし、餅を刺して口に運ぶ。

 一口咀嚼した途端、宝劉の目が輝いた。

「美味しい!」

 初めての食感とも言える『くず餅』は、ほんのり甘く、黒蜜との相性が抜群だった。口の中で少しずつ溶けるように、喉の奥へ消えていく。

「美味しいわ」

 こういう新鮮な感覚があるから、新しい物は楽しいのだ。

 彩香と舜䋝も『くず餅』を口にし、その不思議な味と食感に驚く。

「これは、すごいですわね」

「美味しいです」

 これはもはや発明ではないかと、宝劉は次の一片に手を伸ばしながら思う。こうして新しい物が誕生していくのを実感するのも、流行を追いかける醍醐味だ。

(終わりよければすべて良し、かしらね)

 舜䋝が里へ迎えに来てから、本当にいろいろな事があったが、その旅の終わりがこの甘味なら悪くない。敵に攫われたりもしたが、なんだかんだ無事に王都まで戻ってきたのだ。まあ、良しとしよう。

「さーて、帰りますか」

『くず餅』を食べ終えた宝劉は、大きく伸びをする。

 長い旅も、もう終わりに近づいていた。

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