七、何処の姫(五)

 しかし、事態は思わぬ方に展開した。

「自供したの?」

 宝劉を拉致した容疑で捕まった祥斉が、自分は誠家の人間に命令されて犯行に及んだと、刑部に言ったらしい。

「ええ。取り調べが始まって割とすぐ、そう自白したそうです」

 舜䋝は報告書をめくりながら言う。

「彼の部下たちも、口をそろえて誠家に言われたと言っているみたいです」

「そう……」

 さて、これを受けて、誠家がどう出るのかが問題だ。

「どう思う?」

 宝劉は部屋に集まった家臣たちに訊く。

「俺は、二択だと思いますよ」

 燿が口を開く。

「誠家に言われてやったんだって、言ってる人たちがいますから、ひとつは、今は下手に手を出してこない事。ただでさえ怪しまれてるんだ、ここで何か動いたら、即お縄になるでしょうねぇ」

「もうひとつは何です?」

 空鴉が訊く。

「もうひとつは、今までの敵と自分たちは関係ないと証明するために、何か仕掛けてくる事。それがちょっと、怖いですよねぇ」

「なるほど。さすが兄さん」

 口ではそう言いつつ、空鴉の表情は明るくない。他の三人も、厳しい顔をしていた。

「正直、体力が持つかが問題ですね……」

 舜䋝が呟く。

 今まで夜に敵の相手をしていたせいで、蓮華の三人は道中の睡眠時間が短い。騒動が続いた事もあり、三人の体力は限界が近かった。

「私も闘うわ」

 宝劉が言う。

「いけませんわ」

「やめてください」

「だめですよぉ」

「おやめください」

 全員に即否定された。

 宝劉はむくれる。

「だって、守られてばっかりなんて、なんだか弱っちくて嫌だわ。私だって闘えるわよ」

「もし御身に何かあったら、どうするつもりですか」

 舜䋝が強い口調で言う。

「敵と闘うなんて、もっての外です。もう少し、王女としての自覚をですね……」

 そこまで言ってはっとする。

 舜䋝の前で、宝劉は驚きと悲しみの混ざった表情をしていた。

「……あなたにそんな事を言われるなんて、思ってなかったわ……」

 失敗した。そう思ってももう遅い。

「すみません……」

「……」

 宝劉は、何も返さなかった。

「あなたたちが疲れている事は、分かってるわ。仕方のない事だと思う。だからね……」

 宝劉は家臣たちを見渡す。

「向こうが何かしてきたら、こっちからも仕掛けましょうか」


 同じ宿の別の部屋。秀誠、晃誠親子が、難しい顔で向かい合っていた。

「どうします、父上」

 祥斉が罪を自供し、誠家の名を出した事で、彼等は疑いをかけられていた。

 せっかく祥斉に罪を着せ、わざわざ配下の公軍を連れてきたというのに、これでは身の潔白を証明できない。

「……動くしか、ないだろうな」

 秀誠は思考を巡らせ、手を探す。失敗すれば窮地に立たされる。慎重に動かなければ。

「この先の山に、盗賊が居るだろう。あれを使うぞ」


 ぴりぴりした空気を否めないまま、一行は街道を歩く。誠家の二人と公軍の十数人を前に、馬に乗った宝劉と舜䋝、さらに徒歩で彩香、燿、空鴉がついて行く。

「どう思う?」

 宝劉が、隣を歩く彩香に訊く。

「あの二人、仕掛けてくるかしら?」

「その可能性が高いと思いますわ」

 彩香はうなずく。

「自供がある以上、王都に着いたら取り調べが待っているはずです。それを避けるためにも、道中のうちに、無実を証明したいのではないかと」

「そうですねぇ」

 燿も後ろから口を出す。

「少なくとも、現状をかき回してはくると思いますよ。事態をややこしくして、捜査を混乱させようとするかも」

「確かに」

 空鴉も会話に参加する。

「細心の注意を払っておいて、損はないかと思います」

「そうよね……見張るためにも、あの人たちに前を行かせて正解だわ」

 舜䋝だけが何も言わずに、黙って馬に揺られていた。

「あ」

 宝劉が微かに声を上げる。

 隊列を組んで歩いていた公軍の内、三人がそっと列から離れたのだ。

「行ったわ」

 そっと合図を出すと、燿と空鴉は離れた三人を追うため、一行から外れた。

 二人組は、山道に逸れた敵三人の後ろをこっそりついて行く。

「あれ、山に入ったよ」

「どうするつもりでしょう?」

 獣道を通り、公軍三人は奥へ奥へと進んでいく。

 彼等は周囲を警戒しながら歩いていたが、蓮華に所属する二人の方が一枚上手だ。見つかる事なく追跡し、三人が隠れるように建っていた山小屋の戸を叩くのを見た。

「誰だろうあれ? 山賊さんかな?」

「そうみたいですね。少し様子を見ましょうか」

 二人が見ている前で、公軍達は山賊の頭を呼び出す。姿を見せた髭面の男に重そうな袋を突き付け、何やら命令口調で話している様子だ。

「ふうん、そういう事か」

「これは、困りますね」

 隠れてその内容を聞いていた燿と空鴉は、公軍が居なくなるのを待って、茂みから出た。

「さてと、行くかねぇ」

「はい、兄さん」

 二人は先程の公軍と同じように、山小屋の戸を叩く。

「うっせぇな、まだ何か用かよ!」

 髭面の男が出て来た。先程公軍と話をしていた、山賊の頭だ。

「すみませんねぇ」

「ちょっと、お話しいいですか」

 立っているのが先刻と違う人間だと分かると、頭は顔をしかめた。

「何だ、お前ら?」

 不機嫌な男に、燿はのんびり返事をする。

「うーん……名乗るほどの人間じゃないんだけど、とりあえず、さっきここに来た人たちと敵対する人間、かな」

「はぁ?」

 頭は、意味が分からんと言うように返す。

「まぁとにかく、話をきいてほしいな」

「なんで俺が、見ず知らずのお前らの話を聞かなきゃならねぇんだ? さっきのも、公軍だか何だか知らねぇが、いきなり人のねぐらにやって来て、偉そうに……」

 空鴉がずい、と重い袋を頭に差し出した。

「単刀直入に言うね」

 頭の言葉が途切れたところで、燿が続ける。

「さっきのムカつく公軍じゃなく、俺等についてほしいんだ」

 渡された袋を受け取りつつ、頭は機嫌を直さない。

「何だぁ? お前らも、俺たちを買収しようってのか?」

「まあ、簡単に言うとそうなるかな」

「ふざけんな! 確かに俺らはカタギじゃねぇが、金で動くと思われるのは腹が立つ! どこの誰だか知らねぇが、あんまり山賊を舐めんなよ?」

「舐めちゃいないさ」

 燿は、怖気づく事なくのんびり返す。

「正確に言うと、これは依頼だ。今渡したのはその報酬。要は頼みがあるんだよ。聞いてくれるかい?」

「ふん、物は言いようだな」

 頭は鼻を鳴らして言うが、怒鳴り返す事もしない。

「仕方ねぇな、聞くだけ聞いてやる」

「どうもね」

 細い目をさらに細めてにこっと笑い、燿はやっと本題に入る。

「さっきの人たちとの話は聞かせてもらったよ。やけに偉そうだったのも知ってる」

「ふん、役人か何だか知らねぇが、威張りくさってやがったな」

「そうだねぇ。あんまりいい人たちじゃあなさそうだった。だからさ、俺らについてくれると、いいと思うんだ」

 賊の頭が相手だと言うのに、燿は怖気づく事もなく話を続ける。

「こっち側についてくれたら、その袋、さっきの奴らの倍額出そう。悪い話じゃないだろう? 君たちの事を、金で動く人間だとは思ってないけど、今渡せるものがそれしか無いんだ」

「……どうやら、お前らはさっきの公軍とは違うようだな」

「お分かりいただけて嬉しいよ」

「ふん」

 髭面はまた鼻を鳴らす。

「でも俺たちは山賊だぜ? 金だけもらって、何もしねぇかもしれねぇぞ?」

「そう、正にそれを頼みたいんだよ」

「何だと?」

 片眉を上げて疑問符を浮かべる頭の前で、燿はまた、細い目をさらに細めて笑うのだった。

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