六、騒街の姫(二)

 部屋に荷物を置き畳に腰を下ろすと、宝劉はそのまま寝ころんだ。

「あー疲れた」

 長い時間馬に揺られていると、身体が痛くなってくる。こうして四肢を思い切り伸ばせるのは、実にありがたい。

 ふと横を見ると、彩香と空鴉がかしこまっていた。

「二人も休んだら? 疲れてるでしょ」

 宝劉が声をかけると、彩香は脚を崩した。

「そうですね。失礼いたします」

「空鴉も」

「お言葉はありがたいのですが、私はちょっと、男性陣と話して参ります」

「そう。行ってらっしゃい」

「はい。行って参ります」

 空鴉が出ていくと、女子部屋は宝劉と彩香二人になった。

「里のみんなは、元気にしてるかしら」

「どうでしょうねぇ。元気だと良いのですけれど」

 そびえ立つ山々、河鹿蛙の声、のんびりした空気。魚を捕った川も、美味しい猪も、今はもう思い出だ。

「懐かしいわねぇ……」

 記憶をたどっているうちに、宝劉はいつの間にか眠ってしまった。

「あらあら」

 彩香は微笑して、主人に布団をかける。

 遠くで烏の声がした。

 帰途について、もう何日になるだろう。彩香は正直、宝劉がもっと嫌がるだろうと思っていた。

 山里で暮らす宝劉は楽しそうだったし、生き生きしていた。笑顔で彩香に何かを報告する事も増え、毎日のように目を輝かせていた。まあ、そのぶん生来のお転婆な性格も、助長されたのだが。

 舜䋝が迎えに来た時には嫌がったが、実際旅に出てからは、一度も帰りたいと言っていない。以前の宝劉なら、一番に脱走を警戒しなければならなかったのに。

 旅の途中では劉家として神様方と人間の橋渡しも行い、城に帰る覚悟をしたようだ。

「随分、大人になられましたね」

 成長した主人の寝顔を見て、彩香はまた、微笑んだ。

「ただいま帰りました」

 部屋の戸が開き、空鴉が帰って来る。

「おや」

 眠っている宝劉を見て、眉を上げた。

「彩香、布団を敷いてください」

「ええ」

 彩香が近くに布団を敷くと、空鴉は主人の傍らに膝をついた。

「失礼いたします」

 そのまま宝劉の身体を抱き上げ、そっと布団に移す。

「これで良し」

「ありがとう」

 息をついた彩香の顔が険しくなる。

「それで、会議はいかがでした?」

「あ、はい。報告します」

 空鴉は居住まいを正した。

「このまま厳戒態勢を維持との結論に達しました」

 彩香は顔を曇らせる。

「まだ相手を捕らえられないのですか」

「ええ。柏津川の一件で、下っ端はかなり捕らえたらしいですが、蜥蜴の尻尾だったようです」

「そう……やはり、大元を叩かねばならないようですね」

「しかし、相手も良くやっています。誠家との繋がりを立証するのは、かなり骨が折れるでしょう」

 大分王都には近くなったが、まだ気を抜ける段階にはない。密かな緊張を孕んだまま、街は夜に向かっていくのだった。

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