四、水郷の姫(四)

 驚いたのは、女子部屋にいた家臣二人だ。

「女子会、でございますか?」

「突然ですね……」

 宝劉は枕を抱え、敷かれた布団の上に座った。

「噂で聞いたのよ。女子が集まったら女子会をするものなんだって。楽しそうじゃない?」

「えーと……私は『女子』でよろしいのですか?」

 空鴉がおずおずと訊ねる。

「いいわよ。だって、二人より三人の方が面白そうじゃない」

「左様でございますか」

「ほら、二人とも座ってすわって」

 促されるまま、彩香と空鴉も各々の布団に座る。

「それじゃあ、始めましょうか!」

 満面の笑みで言って、

「……女子会って、何をするものなの?」

 宝劉は首をかしげた。

 噂に聞いたことがあっても、その詳しい内容までは知らない。

 二人の家臣は苦笑して、一般的な女子会の内容を教えてくれた。

「女子会は基本的に、女子だけでお喋りをする集会のようです」

「井戸端会議のようなものかと」

「何を話すのよ?」

「そうですね……」

「愚痴など、でしょうか」

「なるほどね!」

 宝劉は腕を組んで考えこむ。

「愚痴……愚痴ね……」

 しばらくの間考えていたが、やがてはっと顔を上げた。

「無いわ!」

 言いたいことや文句があれば、相手にその場で直接伝えるし、自分と他人は違う価値観であることも理解しているつもりだ。

「ねぇ、二人は愚痴とかないの? 私聞くわよ」

 彩香と空鴉はそろって恐縮する。

「そんな、殿下に愚痴をこぼすなんて……」

「恐れ多いことでございます」

 宝劉は不満げな顔をする。これだから、王女という立場は、時々不便である。

「ふうん、そう……」

 この話題はあまり良くなかったようだ。

「他には? 女子会って、何を話すの?」

 宝劉は再び尋ねる。

「そうでございますね……流行りのもの、などでしょうか」

 彩香が言うと、宝劉は笑った。

「あら、それはいいわね」

 宝劉は流行りものが好きだ。巷で流行っているものを追いかけていると、なんだか自分もその仲間に入れる気がする。

「ねえ空鴉、今、王都では何が流行っているの?」

「そうですね……」

 空鴉は少し考える。

「ああ、黒豆茶でしょうか。むくみや冷え性に効くようで、この冬、重宝されたそうです」

「へぇ、黒豆茶……」

 宝劉は、飲んだ事のないそれを想像する。

「黒豆でお茶を淹れるのよね、多分。黒いお茶なのかしら?」

「さあ……? 私も、実物を見た事はありませんので……」

「そう……」

 部屋に沈黙が訪れた。

「女子会の話題と言えば、あとは、どんな人が好みか、でしょうか」

 ほんの少しの無音の時間の後、空鴉が言った。

「なるほど。確かに女子会っぽいわね」

 宝劉は考え込む。男性の好みなど、あまり考えたことが無かった。

「うーん……どうせなら、かっこいい人がいいわ」

「かっこいい人、でございますか」

 彩香が訊き返す。

「ええ。誠太傅とか、白尚書とか、マダじぃとか!」

 宝劉は目を輝かせて言う。

「……なるほど……?」

「……左様でございますか……?」

 彩香と空鴉は何とか反応する。

 誠太傅も白尚書も、四十過ぎのいわゆるおじさんであるし、マダじぃにいたっては人間ですらない。宝劉の『かっこいい』はどうやら、少し特殊なようだ。

「二人は? どんな人が好き?」

 先に答えたのは彩香だ。

「私は、舜䋝さんもかっこいいと思いますわ」

「えー? そう?」

 宝劉は心底怪訝な顔をする。

「あいつのどこが、かっこいいの?」

 舜䋝の気持ちを知っている彩香は、軽く苦笑する。

「剣も弓も上手ですし、頼りになります。お優しいですし、気遣いも上手で、素敵ですわ」

「なるほど、性格重視なのね」

 宝劉はうーんと考え込み、やはり幼馴染のどこがかっこいいのか解らず、思考を切り替えて顔を上げる。

「空鴉は?」

 そう訊かれた空鴉は、満面の笑みを見せた。

「私は兄さんが好きですよ。恩人ですから」

 宝劉と彩香は大きく頷いた。

「そうよね、空鴉は昔から燿一筋よね」

「相変わらずですわね」

 しかし、宝劉は首をかしげる。

「でも、その『好き』って、なんか違うわよね。恋愛感情じゃない気がするわ」

「確かにそうかもしれません。空鴉のそれは、どちらかと言うと、懐いている感じでしょうか」

「犬ね」

「犬ですね」

「犬ですか……」

 三人の頭の中に、空鴉犬が現れる。燿に頭を撫でられると、嬉しそうに鳴いて尻尾を振った。

「普通の『好き』と恋愛感情って、どう違うのでしょうか?」

 彩香が誰ともなく呟く。

「私には分からないわ」

 宝劉が答えた。

「分かる必要も無いわよ。もし誰に恋愛感情を持ったとしても、どうせ政略結婚させられるんだから」

 その言葉に、家臣二人は何も返せず黙りこむ。

「……寝ましょう。明日も事件解決に向けて、動かなきゃだし」

 宝劉は二人に背を向けて、布団に潜り込んだ。

「そうですわね」

「おやすみなさい、殿下」

 灯りが消えた。宝劉は布団の中で、自分の言葉を反芻する。

(そうよ、どうせ誰かを好きになったって、その人とは結ばれない……)

 ならば、誰かを恋愛対象として見るだけ無駄というものだ。

(あーあ、王女になんて、生まれたくなかったわ……)

 女子会というのは、楽しいばかりでもないらしい。宝劉は布団をかぶり直し、複雑な気分のまま、眠りについたのだった。

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