ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ 早川書房
映画公開に便乗して。
凄い本でした。その一言に尽きるぐらいの素晴らしい読書体験をさせていただきました。
アメリカ、ノース・カロライナの湿地帯。
ある日街の裕福な家の息子が湿地で死んでいるのが見つかります。人々が湿地の少女、カイアに疑いの目を向けるところから始まり、物語は過去と現在を行きつ戻りつしながら進んでいきます。
この物語はミステリーではあるけれど、それだけの物語ではありません。
湿地の少女・カイアが人生を手に入れる物語なのです。
湿地の小屋で暮らす貧しい家族。ある日母が家を出て、その後兄姉たちも去り、カイアと父だけが残されます。極貧の中、酒におぼれる父の恩給だけを頼りに暮らす打ち捨てられた少女。福祉の手は一応差し伸べられますが、それはカイアを飢えから救ってくれても屈辱からは守ってくれず、彼女はその手を拒絶し学校教育の機会も失うのです。そしてとうとう父も帰ってこなくなるのです。
もうこの時点で普通なら生きるすべを持たない子供なのですから最悪の事態になってもおかしくない。
けれど彼女は湿地で貝を採り、ボートを自分で操り生きていくのに必要なものを手に入れることを学ぶのです。わずか10歳ばかりの子供が、です。
彼女は絶望しなかった。どうやって生き抜くか、そのことだけを考える強さを持っている少女なのです。
もちろんカイアを助ける存在はありました。彼女から湿地の恵みを買い取って生活できるようにしてやり、さりげなく洋服を与えたりする黒人のジャンピン夫妻。カイアに読み書きを教えてくれるテイト。彼らは彼女を孤独の中から救ってくれた。湿地に抱かれて美しく成長し、テイトに導かれるように教養を蓄え、湿地の生物の標本を作り始め、彼女は彼女の人生を手に入れ始めるのです。
なにもかもうまく行き始めた時、テイトとの別れが訪れ、彼女は寂しさからチェイスという過ちを選択してしまうのです。彼女がもう少しジャンピンたちに甘えられれば、テイトが彼女を諦めたりしなければこんな過ちを犯さずに済んだのにと思わずにいられません。
そしてカイアは彼女が手に入れた生活をもう何者にも損なわせたりしないように戦うことを選ぶのです。
結末には賛否あるかもしれません。帯文のとおり衝撃的なラストではあります。
けれど、1960年代、彼女に何ができたか。作中繰り返し描かれる彼女への偏見。女性の立場もまだ弱く、貧困層への差別意識の強かった時代。彼女はこれ以外戦いようがなかった。湿地を捨てることができないカイアが、これ以外の方法でチェイスから逃れる方法を私は見つけられない。どうしようもなかった、そのことに打ちのめされる思いです。
社会から打ち捨てられた少女。貧困、差別。今も続く問題を描きながらこの物語が与えてくれるのは希望です。
たとえ困難でも生き抜く意志を持って「人生」を掴み取りなさい。
作者はカイアを通してそう語っているような気がします。
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